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Karmafloria(カルマフロリア)  作者: 十六夜 優
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第71話 崩れない計画、零れる血


 魔王城の受付近くにある軍務執務室は、昼でも薄暗かった。

 分厚い石壁に囲まれ、外の喧騒はほとんど届かない。

 書類の山を前に、ダイは深く息を吐いた。

「……ここまでだな」

 低く、しかしはっきりとした声だった。

 シア、ユキ、ミサヤが視線を向ける。

「ガバゼの日記は、これ以上は追えそうにない」

 机の上には、すでに読み返されすぎて角の擦り切れた日記帳が開かれている。

 途中で唐突に途切れた記録。

 その先は、白紙のままだ。

「まとめよう。今、分かっていることを」

 ダイは一つずつ指を折った。

「まず、ガバゼは徐々に様子がおかしくなっていった」 「次に、“ミギド”という元研究者の存在」 「シア、お前の見た夢にも出てきている」

 シアは黙って頷く。

「研究所の関係者は全滅したとされていた。だが——」 「お前の夢が過去の出来事を映しているのだとすれば、ミギドは生きている可能性がある」

 ユキが、息を飲む。

「姿を変えた本人か、あるいは意思を継ぐ誰かが、ガバゼに接触した」 「それが、あの異変の引き金になったと考えるのが自然だ」

 ダイは、日記帳に視線を落とした。

「そして、魔物」 「ミギドが関わったとされる“魔物の研究”と、最近の発生状況は……辻褄が合う」

 一瞬の沈黙。

「だから、次は情報だ」

 ダイは顔を上げる。

「明日、ギルドに行く」 「ミギドという名でなくとも、特徴の似た人物を見た者がいるかもしれない」 「行方を知っている者がいてもおかしくない」

 ミサヤが、静かに頷いた。

「兵士たちにも共有する」 「王都や任務先で見かけた人物、心当たりがあれば報告させる」

 ダイはそこでシアを見る。

「……シア」 「お前の夢について、もう一度詳しく聞かせてくれ」

 シアは一瞬迷ったが、頷いた。

 研究棟の光景。

 魔力銃。

 追い詰められた選択。

 そして、ミギドという名。

 夢の前後に何があったか、身体の異常はなかったか。

 魔力の乱れはなかったか。

 すべて話し終えたあと、ダイは短く言った。

「……異常はないな」

 だが、その表情から、疑念が消えたわけではなかった。

「今日はここまでだ」 「二日間、猶予を取る」 「その間に情報を集める」

 そうして、一行は執務室を後にした。

     ◇

 翌日。

 王都ギルドは、朝から人で溢れていた。

 ダイ、シア、ユキ、ミサヤの四人は、受付へ向かう。

 ダイが声をかけようとした、その時——

「緊急依頼だ!!」

 奥から、慌ただしい声が響いた。

「魔獣発生! 同時に、別ルートから魔物も確認!!」

 ざわめきが一気に広がる。

 ダイは即座に判断した。

「分かれよう」 「シア、ユキ。魔物の方だ」 「俺も行く」

 視線がミサヤに向く。

「お前は、王都兵と一緒に魔獣を抑えろ」

「了解」

 ミサヤは軽く手を挙げた。

     ◇

 街外れ。

 魔獣の群れが、石畳を踏み荒らしていた。

「囲まれるな! 陣形を維持しろ!」

 兵士たちが声を張り上げる。

 その後方で、ミサヤは小さく舌打ちした。

「……うまくいかねぇなぁ」

 気だるそうな声。

 前に出ようとした瞬間、兵士の一人が叫ぶ。

「待ってください!」 「ダイ隊長から聞いてます! あなたは補助魔法が——!」

「下がってろ、って?」

 ミサヤは振り返りもせず、歩みを止めなかった。

 次の瞬間。

 兵士が、崩れるように倒れた。

「——っ!?」

 駆け寄ろうとした別の兵士が、凍りつく。

 倒れた兵士には——頭が、なかった。

 切断面は、異様なほど滑らかだった。

 ミサヤの手には、見慣れない武器が握られていた。

 魔力銃。

「……だりーな」

 吐き捨てるように呟く。

 兵士が、震える声で言った。

「お、お前は……まさか——」

 言葉の続きを、口にする前に。

 銃声は、ひとつ。

 その場にいたのは、血と沈黙だけだった。

     ◇

 一方その頃。

 魔物の討伐に当たっていたダイ、シア、ユキは、激戦の末、現場を制圧していた。

「……妙だな」

 息を整えながら、ダイが呟く。

「魔物の出方が……計算されすぎている」

 報告を受けた時、さらに違和感は強まった。

 魔獣側の部隊が壊滅状態に近いこと。

 兵士が数名、行方不明になっていること。

「……」

 ダイは、口には出さなかった。

 だが、胸の奥に沈んだ違和感は、確実に形を持ち始めていた。

(魔獣の発生……魔物……魔力銃……)

 そして。

(……ミギド)

 視線の先で、シアとユキが無事を確認し合っている。

 その背を見ながら、ダイは静かに決めていた。

(調べる) (今度は……“人”をだ)

 同じ頃。

 ミサヤは、瓦礫の影で銃をしまいながら、わずかに眉を寄せていた。

(……近いな)

 計画は崩れていない。

 だが、余裕は確実に削れている。

(まだだ) (まだ“ここ”じゃない)

 そう言い聞かせるように、ミサヤは王都の喧騒の中へと姿を消した。

ご一読いただきありがとうございました。

誤字などございましたらコメント等含めて教えていただけると幸いです。

よろしくお願い致します

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