第70話 欠けた一週間
魔王城軍務執務室は、思っていたよりも人の出入りが多かった。
王都の中心に近い位置にあり、軍の事務処理を担う場所だ。
奥深い密室ではなく、だからこそ逆に――隠し事が紛れ込みやすい。
棚に並ぶ書類、年代ごとに分けられた記録箱。
紙の匂いと、わずかに残る魔力の気配。
「まずは役割を分けよう」
ミサヤが穏やかに言った。
「日記や私物があるなら、探す場所は多い。
ダイとシアは任務記録と名簿を。
ユキと僕は、ガバゼの私的な資料や残っている日記を中心に探そう」
合理的な提案だった。
ダイは一瞬だけミサヤを見てから、頷く。
「分かった。手分けしよう」
四人はそれぞれ、別の棚へと散った。
◇
ユキとミサヤが、比較的古い保管箱を開いていたときだった。
「……これ」
ユキの声が、わずかに強張る。
取り出されたのは、革表紙の手帳。
年季が入り、何度も開かれた形跡がある。
「ガバゼの日記だと思う」
その言葉に、ダイとシアがすぐ駆け寄った。
「見つかったか」
「うん。こっちにまとめて保管されてたみたい」
全員で机を囲み、日記を開く。
前半は、軍務の愚痴や状況整理が淡々と綴られていた。
村での任務、魔獣の動き、部下の名前。
だが、途中で――空気が変わる。
「……ここだ」
シアが、あるページで指を止めた。
「村から王都へ戻る任務が正式に決まった時期だ。
それ以降が……ない」
日付を確認する。
村での任務を終え、王都へ戻る――その一週間前。
本来なら、引き継ぎや報告の準備で、記録が増えるはずの時期だ。
忙しくても、何かしらは書き残す。
だが。
次のページは、白紙だった。
「……ここで途切れているな」
ダイの指が、日付の書かれた行を押さえる。
「村から王都へ戻る一週間前だ。
それ以降の記録が……ない」
誰もすぐには言葉を発さなかった。
“書かなかった”というより――
“書けなかった”ような、不自然な空白。
「最後の一文……」
ユキが、声に出して読む。
「『明日は、アイツに会いに行く。
久しぶりだな』」
名前はない。
それだけが、妙に浮いていた。
その瞬間、シアの胸が、はっきりとざわついた。
(……ミギド)
夢の中で聞いた名前。
研究棟で、魔力銃を作っていた青年。
偶然だと思っていたはずなのに――
この一文が、妙に重なる。
「……ダイ」
シアは静かに口を開いた。
「僕、夢を見たんです」
三人の視線が集まる。
「過去の……たぶん、誰かの記憶みたいな夢です。
研究所があって、魔物が生まれて……
その中心にいた人の名前が、“ミギド”でした」
空気が、張り詰める。
「夢だとしても……」
ダイは、すぐに否定しなかった。
「今の話と、あまりにも噛み合いすぎている」
「……名簿、ありますか」
シアは続ける。
「研究員も含めて、過去に魔王軍に所属していた人物の名簿」
「ある。保管庫の奥だ」
ダイは迷わず答えた。
「行こう。裏付けが取れるなら、取るべきだ」
◇
名簿は、分厚かった。
年代順に整理され、任務内容と簡単な経歴が記されている。
一人ずつ、視線を走らせる。
そして――
「……あった」
ダイの声が低くなる。
そのページには、はっきりと名前が記されていた。
ミギド
所属:研究部
役割:魔物開発
備考:詳細不明
シアは、息を呑んだ。
(……やっぱり、ただの偶然じゃない)
夢の中の光景と、目の前の文字が、静かに重なっていく。
ガバゼの日記が途切れた一週間。
名を伏せられた“アイツ”。
そして、名簿に残る一人の研究者。
点と点が、まだ線にはならない。
けれど――
確実に、何かが動いていた。
誰にも気づかれないまま、
王都の中で、静かに。
――
ご一読いただきありがとうございました。
今回の話数は時系列がだいぶ難しくグチャっとなってますがご了承ください…
誤字などございましたらコメント等含めて教えていただけると幸いです。
よろしくお願い致します




