第69話 手のひらの重さ
夜の王都は、昼間とは別の顔をしていた。
宿の一室に差し込む月明かりが、石造りの壁を淡く照らしている。
シアはベッドの端に腰を下ろし、両手を見つめていた。
意識を集中させる。
掌の上に、薄い光の輪郭が浮かび上がり、やがて形を持つ。
手のひらサイズの、簡素な盾。
厚みは均一。
縁に無駄はなく、強度も十分。
実用にはならないが、壊れにくい形だ。
指先でつつくと、盾は小さく鳴った。
「……」
くるりと回し、投げ、受け止める。
何度か繰り返したあと、ふっと力を抜くと、盾は霧のように消えた。
(……問題は、ない)
創造は安定している。
以前よりも、明らかに。
それなのに——
胸の奥に、何かが引っかかる。
(ミギド……)
昼間、ガバゼの家で見つけた日記。
そこに記されていた、黒髪の少年の名前。
夢の中で見た、研究棟。
魔力銃。
歪んだ選択。
“ミギド”という名前が、頭から離れなかった。
(偶然、だよな)
魔族の名前は被らない。
ダイから聞いた、あの話。
それでも——
(……夢の中のあの人と、同じ名前なんて)
考えすぎだ、と自分に言い聞かせる。
だが、考えを止めるほど、名前ははっきりと輪郭を持っていく。
——コンコン。
扉を叩く音がした。
「シア。起きてる?」
聞き慣れた、穏やかな声。
「……はい」
扉を開けると、ミサヤが立っていた。
廊下の灯りを背に、柔らかな笑みを浮かべている。
「遅い時間にごめんね。少し、話せるかな」
「……どうぞ」
ミサヤは部屋に入り、さりげなく視線を巡らせた。
散らかっていない室内。
魔力の残滓が、まだ薄く漂っている。
「訓練してたんだね」
「……少しだけ」
シアは曖昧に答えた。
ミサヤは、ベッドの横に置かれたシアの手を見る。
「さっき、盾を作ってた?」
シアは一瞬、言葉に詰まった。
「……見てたんですか?」
「いや。ただ、分かるだけだよ」
そう言って、ミサヤは軽く首を振る。
「魔力の流れが、とても慎重だった」
胸の奥が、わずかにざわついた。
「慎重……ですか」
「うん。壊れないように、最初から計算してる」
責める口調ではない。
むしろ、感心したような声。
それが、逆に引っかかった。
「……悪い、ですか?」
ミサヤは少し考える素振りを見せてから、答えた。
「悪くはない。
ただ——」
一歩、距離を詰める。
「君は、“結果”を怖がってる」
シアの呼吸が、わずかに乱れた。
「そんなこと……」
「あるよ」
即答だった。
「君は、自分の創造が誰かを傷つける可能性を、最初から考えている。
だから、強く作らない。
壊れない形を選ぶ」
図星だった。
言い返そうとして、言葉が見つからない。
「それって、悪いことじゃない。
むしろ、優しい」
ミサヤは、そこで一拍置いた。
「でもね」
声が、少しだけ低くなる。
「それは、“自分の力を自分のものとして扱っていない”ってことでもある」
シアは、思わず視線を落とした。
(……自分の、力)
蝶に触れてから、得たもの。
与えられたもの。
——本当に、自分のものなのか。
「君は、事故みたいに力を手に入れたと思ってる」
ミサヤの言葉は、静かだった。
「だから、責任だけを引き受けようとする。
使う権利は、持っていないみたいに」
胸の奥が、締め付けられる。
「……僕は」
声が、かすれた。
「僕は、ただ……」
誰も傷つけたくない。
そう言おうとして、言葉が止まる。
ミサヤは、シアの言葉を待たなかった。
「分かるよ」
それだけで、十分だと言うように。
「僕も、昔——守りたかったものがあった」
初めて聞く、過去の話。
「正しい結果を望んだ。
でも、それを成す力を持つことが、許されなかった」
ミサヤは、淡々と続ける。
「世界はね、力を持つ者にだけ、責任を押し付ける。
でも同時に、力を持つこと自体を、どこかで恐れてる」
シアの脳裏に、浮かぶ記憶。
生活魔法適性。
役に立たないと言われた日々。
(……あの頃の、僕だ)
「だから君が、自分の力を“借り物”だと思うのは……
無理もない」
否定されないことが、こんなにも楽だなんて。
「そう思っているうちは、君はまだ“安全”だ」
ミサヤは、優しくそう言った。
その言葉が、胸に沈む。
(……安全)
強くならなくていい理由。
踏み込まなくていい言い訳。
それを、与えられた気がした。
「……ミサヤさんは」
シアは、ようやく顔を上げた。
「力を、持つべきだと思いますか」
ミサヤは、すぐには答えなかった。
少しだけ目を細めて、微笑む。
「力はね。
持つものじゃない。
“なってしまう”ものだよ」
それ以上は、何も言わなかった。
扉の前で立ち止まり、振り返る。
「今夜は、休むといい。
考えすぎると、君は自分を小さくしてしまう」
「……ありがとうございます」
ミサヤが去り、部屋に静寂が戻る。
シアは、再び掌を見つめた。
さっきより、少しだけ重く感じる。
(……いい人、だよな)
そう思いながらも、胸の奥に、消えない違和感が残っていた。
自分の力を肯定されたはずなのに。
なぜか、前よりも——遠くなった気がした。
ご一読いただきありがとうございました。
誤字などございましたらコメント等含めて教えていただけると幸いです。
よろしくお願い致します




