第66話 王都、調査の始まり
王都の城壁が見えた瞬間、張りつめていた空気がわずかに緩んだ。
道中、魔獣の出没はこれまでと変わらない頻度だった。
多すぎもせず、妙な統率もない。
異常がない――それ自体が、少しだけ拍子抜けするほどだった。
「……とりあえず、王都までは問題なしだな」
ダイの言葉に、誰も否定しなかった。
嵐の中を抜けたあとの、不自然なほどの静けさがそこにはあった。
◇
王都に入ると、ダイはすぐに軍本部へ向かった。
ガバゼの件、魔物の出現、アンゲール村での戦闘。
まずは正式な報告が必要だった。
この日はあくまで報告のみ。
本部長との正式な顔合わせは、翌日に改めて行われることになった。
シア、ユキ、ミサヤは宿に残り、王都の空気を感じながら静かに待つ。
街は平穏だった。
人々は行き交い、商人の呼び声が響く。
――だが、だからこそシアは落ち着かなかった。
(ここまで何もないと……逆に、何かを見落としてる気がする)
◇
翌日。
一行は許可を得て、ガバゼの家を訪れた。
扉を開けた瞬間、全員が同じ印象を抱く。
「……殺風景だな」
家具は最低限。
生活の痕跡がほとんどない。
軍務に追われ、ほとんど帰っていなかったのだろう――
その事実が、静かな部屋から伝わってくる。
書棚や机を調べるが、報告書らしきものはほとんど残っていない。
「重要な書類は、王城の軍部に回されてるな」
代わりに見つかったのは、数冊の古い日記だった。
読み進めていくと、暴走の半年前までの記録は比較的穏やかだった。
仕事も順調で、精神状態にも大きな乱れは見られない。
だが、ある時期から、記述の内容が変わる。
――王都滞在中、食い逃げをした少年を捕まえた。
黒髪の少年。
孤児。
村が魔獣に食い荒らされ、全滅したと語ったという。
名は「ミギド」。
哀れに思ったガバゼは代金を払い、少年の話を聞いた。
日記にはこう記されていた。
――妙に落ち着いた少年だった。
――年齢の割に、大人びている。
――何もかもを見透かすような目をしていた。
その後、ガバゼは村の駐屯地任務に就くため、王都を離れる。
日記は、村から帰還したあとの記述へと続いていた。
――任務を終え、王都に戻った。
――守れなかったものもあるが、やるべきことは果たした。
――ミギドに、会いに行こう。
だが、そこから文章は曖昧になる。
――教会に行ってからの記憶が、どうにもぼやけている。
――ミギドと話していたことは覚えているが、内容がはっきりしない。
――仕事と準備に追われていたせいだろうか。
最後の記述は、こう締めくくられていた。
――今度は胸を張って話せる。
――守れたことを、誇りにできるように。
その先の日記は、どこにもなかった。
「……ここで終わるのは、おかしいな」
ダイが低く呟く。
「暴走直前の記録が、丸ごと抜けている」
日記が王城側に送られている可能性。
全員が同じ結論に至った。
◇
その後、予定通り軍本部へ向かい、本部長との正式な顔合わせが行われた。
応接室は簡素で、余計な装飾はない。
机の向こうに座る本部長は、鋭い視線で一行を見渡した。
「戻ったことを労おう」
低く、落ち着いた声。
「ガバゼの件、そして魔物騒動。 混乱の中で被害を抑えた点は評価している」
ダイは一歩前に出て頭を下げる。
「ありがとうございます。 ですが、一般人を戦闘に巻き込んだ事実は変わりません」
本部長は頷き、資料に目を落とした。
「まず確認したいのは人員だ。 ……正直、足りていない」
「はい。判断の結果、二名を別行動にさせました」
「アンゲール村か」
「その通りです」
そこへ秘書官が入室し、報告書を差し出した。
「アンゲール村の件です」
本部長は目を通し、短く告げる。
「……カグヤとエリスは無事だ。 村は守られた。感謝の報告も上がっている」
ダイは安堵の息をついた。
「結果は出した。だが、危険な綱渡りだったのも事実だ」
「肝に銘じます」
本部長は話題を切り替える。
「ガバゼの死の直前を調べたい、と申請があったな」
「はい。真実を知りたい」
本部長は少し考え、告げた。
「魔王城・軍務室への入室申請は受理する。 ただし審査には一週間かかる」
「構いません」
「それまで王都滞在を許可しよう」
◇
こうして、一週間の待機が決まった。
調査は始まったばかりで、核心にはまだ触れられていない。
だが、確実に――
何かが水面下で動いている。
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