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Karmafloria(カルマフロリア)  作者: 十六夜 優
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第64話 揺らぐ破壊、揺れる決断



 シアが瘴気に呑まれ、ミギドの夢を見ているその頃——

 アンゲール村は、すでに地獄の入口のようになっていた。


 家屋は倒れ、夜空は炎で赤く染まり、

 悲鳴と咆哮だけが風より早く駆ける。


「南の柵、破られたぁっ!」

「なんで減らないんだよ……魔獣ども!」


 魔獣——魔力に晒され変異した動物。

 理性を失い、ただ破壊するだけの獣の群れ。


 その群れへ、闇を裂いて黒い影が飛び込んだ。


「——どいて!」


 ひと薙ぎ。

 地面が白く塗りつぶされ、魔獣が三体まとめて弾け飛ぶ。


 



「カグヤ! 右側、まだ来るよ!」


 続いて駆け込んできたのは、金髪の少女・エリス。

 圧縮した光弾が矢のように放たれ、魔獣の足や顎を正確に撃ち抜く。


「分かってる……!」


 そう答えながら、カグヤは胸の奥を押さえた。


 黒い“核”が、ぐらり、と脈打つ。


(……もう、押さえる魔力、ほとんど残ってない)


 破壊の力。

 蝶から与えられたその異質な魔力を、カグヤはずっと自分の魔力で押し返してきた。


 しかし、道中ですでに数十体の魔獣を斬った。

 斬るたびに破壊が外へ出ようと暴れ、

 押し込むたびに魔力を消費し——


(今暴れられたら……村が……)


 胸の奥が軋む。

 苦しいほどの圧力。


 限界は近い。


 



「助けて……誰か……!」


 路地を逃げる少年の前に、魔獣が牙を剥いて突っ込む。

 その瞬間。


「——間に合えっ!」


 黒い影が横から飛び込み、魔獣二体が一息で両断された。


 破壊の霧が散り、少年の頬をかすめる。


 霧が触れた部分が薄く赤くなり——

 カグヤの心臓が、ひやりと凍る。


(……かすめただけ。

 薄い接触なら、数分で赤みが引く……大丈夫……)


(……でも、あと一歩ずれてたら)


 ぞくり、と背筋が冷える。

 あの少年の命は、今この瞬間、自分の“誤差”ひとつで消えていた。


「大丈夫? 立てる?」


「う、うん……ありがとう、お兄ちゃん……!」


 少年を逃がしながら、カグヤは拳を握りしめた。


(……正気でいなくちゃいけないのに。

 俺が少しでも乱れたら……触れただけで誰かが……)


 胸が鈍く痛んだ。


 



 背後から光線が走る。


「カグヤ、後ろ!」


 エリスの声に反応し、光が別の魔獣の頭を撃ち抜いた。


「油断しないで!」


「分かってるよ……!」


 そう言いながらも、息は上がり、破壊の霧は濃くなる。

 抑えきれない黒い圧力が、皮膚の下で暴れ始めている。


(……もう限界だ)


 



 エリスは横目でそれを見ていた。


(……完全に“蓋が薄くなった”時の揺れ方……)


 破壊の霧は濃すぎる。

 魔獣ではなく、地面の石が割れ始める。


(今、大技を一発でも撃てば——

 本当に暴走する……)


 エリスの胸に浮かんだのは、ルーツの魔法で見たあの荒廃した世界。


(あんなふうに、カグヤを独りにしたくない……)


 だからこそ思い出す。


 ——変質の魔法。


 カインと編んだ術式。

 魔力に自分の魔力を薄く流し込み、性質を“変える”魔法。


 炎を冷たくし、氷を熱くする。


 性質を変える魔法。


 破壊と、破壊を押し留めてきたカグヤの魔力を混ぜ合わせる。

 成功すれば、力は別の形になる可能性がある。


(……でも失敗したら……ここが丸ごと吹き飛ぶ……)


 そして何より。


(……カグヤは絶対“私を責めない”)


 怖かった。

 成功しても失敗しても——

 どちらに転んでも、カグヤはエリスを恨まない。


 だからこそ痛い。


(私の決断で……カグヤが苦しむのが一番こわい……)


 胸が強く締め付けられる。


 



「エリス」


 突然、カグヤが振り返った。

 エリスは瞬時に顔を上げる。


「……変質魔法のこと、考えてるでしょ」


 息を呑む。


「……っ、なんで」


「分かるよ。ずっと一緒にいるんだから」


 カグヤは静かに、優しく微笑んだ。


「大丈夫。今は使わなくていい。

 俺は……まだ、大丈夫だから」


 その“まだ”が嘘だと、自分でも分かっているのに。

 それでもカグヤは迷わず言った。


「エリスが無理すると……きっと後で自分を責めるでしょ。

 だから、俺はそんなこと選ばせたくないない」


 エリスの喉が震えた。


(……やっぱり。

 カグヤは……何があっても私を責めない)


(だからこそ……苦しい……!)


 涙をこらえ、唇を噛む。


「……うん。分かった。

 でも絶対離れないから。何があっても」


「頼りにしてる」


 そう言って笑うカグヤの背中は、優しくて——壊れそうだった。


 



 二人は駐屯地へ向かった。


 そこは修羅場だった。

 負傷兵が並び、薬草と血の匂いが満ちている。


 隊長室の前で、包帯だらけの兵士が立ち尽くしていた。


「ダイさんの代理のカグヤです。状況をお願いします」


「だ、ダイ隊長の……! 本当に、助かります……!」


 兵士は震える声で語る。


「魔獣の中に……魔物が混じっていました!」


「魔物……!」


 エリスの声が鋭く跳ねる。


「魔獣ならこんな被害には……

 でも魔物は、一体で十人以上の戦力で……!」


 兵士の手が震える。


「しかも……ッ、魔物が“核”になって……魔獣たちを引き連れてるようで……!」


「核……」


 カグヤは静かに息を吸った。


「魔物は今、北側へ移動しているはずです……!」


「行こう、エリス」


「うん……」


 その返事と共に、二人は北側へ走る。


 



 北側に近づくにつれ、空気が重く淀んでいく。


 地面は焼け焦げ、濁った魔力が靄を生んでいた。


 闇の中で、異形の影が蠢く。


 魔物——

 複眼が赤く光り、歪んだ肉塊がこちらを向く。


「……来るね」


 エリスの声が震える。


「大丈夫。俺がいる」


 カグヤは静かに大鎌を構えた。


 胸の奥で破壊の核が暴れ、皮膚の下に黒い圧力が軋む。


 ——暴走と覚醒、その境界線。


 二人は、その危うい闇へと踏み込んだ。


ご一読いただきありがとうございました。

誤字などございましたらコメント等含めて教えていただけると幸いです。

よろしくお願い致します

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