表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Karmafloria(カルマフロリア)  作者: 十六夜 優
65/79

第61話 歪んだ正義の行き先



 ——夢はまだ続いていた。


 封印室の奥から響く低い唸り声。

 黒く濁った魔力が壁を叩くたびに、研究棟全体がひどく軋む気がする。


 シアの意識は、ミギドという青年の視界に貼りついたまま離れない。

 彼の呼吸の震えさえ伝わってくるようだった。


     ◇


「封印の維持、問題ありません……今のところは」


 研究員の報告に、主任は深く頷いた。

 しかし、全員の表情は硬い。


 封印陣の向こうでは、かつて兵士だったものが、低くうめきながら結界を叩いている。


「……あれは兵器なんかじゃない」


 ミギドは小さく呟いた。

 誰に向けた言葉でもない、ただ心の奥から漏れた声。


(僕が……あの人を壊してしまった)


 罪悪感は、日に日に濃くなっていく。


     ◇


 数日後。


 金属靴の重い足音が研究棟の廊下に響く。

 黒い軍服の幹部たちが、封印室の前に立った。


 空気が一気に張り詰める。


「これが——例の“魔物”か」


 幹部の一人が結界越しに唸り声を聞きながら目を細めた。


「……ずいぶんと使い道がありそうだな」


 研究員たちは、恐れと怒りを混ぜたような目で彼らを見るが、何も言えない。


 幹部の視線がゆっくりと——ミギドに向けられた。


「……お前が“ミギド”だな?」


 その声は、事実確認でも称賛でもなく、

 “貴重な道具を見つけた”時の声音だった。


「はい……僕が、術式を……」


「よくやったな」


 淡々とした声。

 しかし、その無感情さがミギドの心を冷やしていく。


「一人の兵士を“これ”に変えるだけで、前線は崩れなくなる。

 敵を何十と葬れる力だ。市民がどれだけ救われると思う?」


「そんなつもりで……あれは作ったんじゃ……!」


 反論は、幹部の手のひらで簡単に押しつぶされた。


「理想論だ。

 兵士は前線で死ぬために生きている。

 魔物になってなお敵を倒せるなら、むしろ本望だろう?」


「……!」


「お前が“術式の展開を拒めば”、死ぬ兵士がたった今も増えていくんだ。

 それでも黙って見ているのか?」


 胸の中で、何かが軋むような音がした。


(見捨てれば、ただ死ぬ。

 術式を施せば、形は違っても“生きて”戦える。

 助けられるかもしれない——)


 一瞬、そんな誤った希望がよぎった。


 幹部はそれを見透かしたように、さらに追い込む。


「……お前の村。今は穏健派が守っているようだが、

 前線が崩れればどうなると思う?」


 ミギドの肩がびくりと震えた。


「弟も、母も、祖父もいるのだったな。

 守る兵力がそちらに割けなくなるんだよ」


 静かな声なのに——刃物より鋭かった。


「ミギド。

 お前だけができる。

 兵士を“無駄死にさせず”、市民を守る方法を」


 優しいようで残酷な声が、心の奥へ入り込んでくる。


     ◇


 次の負傷兵が運び込まれた時、

 ミギドはもう拒否する力を持っていなかった。


「俺……助かるん……だよな……?」


「…………」


 助からない。

 助けたくても、助けられない。

 だが——魔力を留めれば“死なない形”にはできる。


「——痛みは、すぐに終わります」


 その言葉は祈りにも似ていた。


 術式が光を描き、身体へ沈む。

 しばらくして——


 悲鳴。

 骨の軋む音。

 皮膚が裂け、黒い靄が噴き出す。


 二体目の魔物。

 三体目。

 四体目——。


 封印室は、徐々に“地獄の保管庫”へ変わっていった。


(どうして……こんな……)


 ミギドの心は、彼自身が思うよりも早く削れていた。


     ◇


 夜。


 家に戻ると、当たり前の日常の匂いが迎えてくれる。

 その温かさが、むしろ胸を締めつけた。


「兄ちゃん、ちゃんと食べてる? 顔色わるいぞ」


「……大丈夫だよ。研究が忙しいだけ」


 笑ったつもりなのに、弟は心配そうに眉を寄せた。

 母はスープをよそいながら言う。


「戦争が終わったら、ゆっくり休めばいいのよ。

 あんたの研究だって、きっと誰かの役に立つんだから」


「…………」


(役に……立ってる……?

 何のために……?

 誰を……守れている……?)


 その夜、ミギドは一睡もできなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ