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Karmafloria(カルマフロリア)  作者: 十六夜 優
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第60話 静かな村に落ちる影



 夢は、そのまま続いていた。


 石造りの家に差し込む、やわらかな朝の光。

 煮込んだスープの匂いと、焼きたてのパンの香り。

 昨日と同じように——いや、“何事もなかった頃”のように、ミギドの一日は始まる。


「兄ちゃん、おそい! もう冷めちゃうよ!」


 テーブルに肘をつきながら、弟が頬を膨らませる。

 母が苦笑しながら、ミギドの皿に山盛りのスープをよそった。


「ミギド、また研究で夜更かししたんでしょ。

 身体、壊すわよ」


「……気をつけます。今日はちゃんと帰ってきますから」


「昨日も一昨日も聞いたぞ、その台詞」


 炉端で新聞を広げていた祖父が、目だけこちらに向けて笑う。


「前線の状況、どうなの?」


 弟が、興味と不安の入り混じった瞳で尋ねた。


「……少しずつ落ち着いてきてるよ。

 穏健派の部隊が、人間側との停戦を探ってるらしい」


「じゃあ、兄ちゃんのその変な銃もいらなくなる?」


「変な、は余計です」


 ミギドは思わず苦笑した。


「でも、そうなったら一番いいですね。

 使われない武器ほど、平和なものはないですから」


 母がほっとしたように息をつく。


「戦争が終わったら、あんた、研究やめて村に戻っておいで。

 もっと人を治す方の仕事をすればいいのよ」


「……考えておきます」


 曖昧に答えつつ、ミギドはスープを飲み干した。

 温かさが喉を通り過ぎる。

 この当たり前の朝が、ずっと続けばいいと、心から思った。


「行ってきます」


「気をつけてね」


「兄ちゃん、今日こそは早く帰ってこいよ!」


 家族の声を背に、ミギドは村を出る。


     ◇


 研究所では、白衣の研究者たちが各自の机で魔法陣を描き直し、残滓を計測していた。


「おはようございます」


「おう、ミギド。魔力銃の第五号はどうだった?」


「……安定しませんでした。

 魔力を留める術式までは機能したんですが、その先が……」


 机には分解された魔力銃の試作品が置かれている。

 銃身の内部には二種類の魔法陣が刻まれていた。


 ひとつは“魔力を留める”術式。

 もうひとつは“魔力を変換し放出する”術式。


「留める方は改善されてきてるよな?」


「ええ。銃の中で“仮の器”として働いてくれています。

 魔力を霧散させず保持できるところまで来ました」


「問題は放出か……」


「そこが不安定で。

 魔力が暴れて、術式が歪んでしまうんです」


 ミギドは魔力銃の内部にそっと触れる。


(これが完成すれば……兵士たちは命を削る魔法に頼らずに済むのに)


 そんな未来を想いながら、彼は研究に向き合っていた。


     ◇


 昼下がり。


「重傷者だ! 治療班! 誰か来てくれ!」


 研究所の扉が荒々しく開かれ、担架の上の若い兵士が運び込まれる。

 身体は血に染まり、魔力は霧のように漏れ出していた。


「回復魔法も通じん! 魔力が漏れ続けてる……」


「器ごと壊れかけている状態です。これ以上は……」


 回復術士の言葉は冷たく、絶望的だった。


(魔力が漏れ続ける……器の崩壊……)


 ミギドの脳裏に、魔力銃の内部術式が浮かぶ。


(魔力を“留める”術式……

 もし、人の身体に適応できれば——

 魔力漏れを一時的に止めることが……)


 しかしそんな応用は、誰も試したことがない。

 成功例もない。


「……ミギド?」


 研究主任が、彼の表情に気づく。


「何か、あるのか?」


「……可能性が、ゼロではありません。

 魔力を“留める”術式を応用できれば——

 魔法を使わせず、ただ死を遅らせるだけなら……」


 主任の息が止まる。


「それは……兵士を助けられるのか?」


「成功例はありません。

 身体に展開すれば暴走の危険が高い。

 しかし……魔力漏れを止めるだけなら……」


 主任は迷わなかった。


「やる価値はある。

 死ぬのを見ているだけより、ずっといい」


「ですが——」


「責任は私が取る」


 ミギドは唇を噛み、うなずいた。


「……術式を展開します」


     ◇


 空中に描かれる光の線。

 魔力銃に刻んだものと同じ“保留術式”を変形させ、兵士の胸部に重ねていく。


 光が身体に沈み、薄い膜のようなものが兵士の周囲に生まれた。


「魔力漏れが……止まってる?」


「呼吸が……少し安定したぞ!」


 研究所に希望の声が走った瞬間——


 留められた魔力が、膨張を始めた。


「……え?」


 黒い血管が浮き、筋肉が不自然に膨れ上がる。


「ミギド、術式を解除しろ!!」


「やってます、でも……術式が押し広げられて……!」


 魔力が器の許容量を超えて内部に溜まり、暴発を始めていた。


 皮膚が裂け、黒い靄が噴き出す。


「封印陣! 早く!!」


 悲鳴と叫びの中、研究者たちが結界を重ねる。


 そこに現れたのは——

 もう“兵士”ではなかった。


 魔力の暴走が生んだ、最初の魔物だった。


「……ちがう……僕は……助けたかっただけだ……!」


 ミギドの声は震え、涙がこぼれた。


     ◇


 夜。


 研究室には、散らばった設計図と魔法陣の写しだけが残っていた。

 ミギドは机に突っ伏し、指先を震わせていた。


(僕の術式が……あの人を……)


 胸が締め付けられる。

 誰も彼を責めていないのに、責める声が頭の中で響く。


(器が壊れたんじゃない……

 “僕が壊した”んだ……)


 窓の外の村の灯りが、遠く揺れて見える。


(誰も死ななくていい世界なんて……

 本当に作れないのか……?)


 胸の奥で、小さな問いが静かに生まれた。


 それはまだ願いでしかなく、理想にも絶望にも染まってはいない。


     ◇


 暗い視界の傍らで、シアはその背中をただ見ていた。


 誰かを救いたくて、

 誰よりも苦しんでいる——そんな青年の背中だった。


(……どうして、こんなにも……)


 胸の奥で痛みが広がる。


 やがて光景が揺らぎ、夢はさらに深い闇へ沈んでいった。


ご一読いただきありがとうございました。

誤字などございましたらコメント等含めて教えていただけると幸いです。

よろしくお願い致します

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