第58話 崩壊の叫びと、微かな救い
魔獣の咆哮が止んだ。
荒れ果てた街道には、倒れ伏した魔獣と、呻くように風を切る音だけが残っていた。
シアは荒い息をつき、重たくなった盾を消す。
ダイは肩で呼吸し、血のにじむ腕を軽く振っただけで顔をしかめる。
ユキは膝が震え、氷柱展開の反動で今にも倒れそうだ。
――そして、その中心で、パロだけがうずくまっていた。
目は虚ろで、唇だけが震えている。
「……なんで……なんで……」
ぽつりと漏れた声は、誰に向けたものでもなかった。
「パロ……?」
ユキが恐る恐る声をかける。
「なんで……隊長は……! あんなに……コイツらを……助けて……!
なのに……なんで……俺が……こんな……!」
次の瞬間、パロの表情がぐしゃりと歪む。
「ごめんなさい……みんな……っ、ごめん……俺……俺……!」
涙が土に落ちた瞬間だった。
――ドッ。
パロの体から、黒い瘴気が爆発音のように噴き出した。
「来るッ!」
ダイが咄嗟に前に出ようとしたが、
「僕が……行きます!」
シアが先に駆け、創造した盾を大きく展開して瘴気の奔流を受け止めた。
だが、あまりにも濃い。
ガバゼの時とは明らかに質が違う。
器が耐えられず、壊れながら溢れている……そんな“崩壊の匂い”がした。
「……ッぐ……!」
シアの膝が沈む。盾が軋む。
「シア!!」
ユキが叫んだ瞬間、シアの体がふっと力を失い――地面に倒れた。
ユキは駆け寄り、シアの上半身を抱きかかえる。
「シア! ねえ、やめてよ……目、開けて……」
震える声は、涙で濡れていた。
ユキは唇を噛みしめ、ゆっくりと立ち上がる。
その瞳は、氷よりも冷たく、揺れていた。
「……もう、誰も……失いたくない……」
足元に魔法陣が展開される。
氷と水が絡みあい、空気が凍りつく。
「ユキ!! 待て!」
ダイの声も、届かなかった。
その刹那――シアの指先が、ユキの腕を掴んだ。
「……や……め……ユキ……」
「ッ! シア!?」
シアは意識が朦朧としながらも、必死に伝えようとしていた。
その瞬間だった。
ユキの魔法陣に、ひとしずく――
シアの魔力が混ざった。
氷の紋様が揺らぎ、ほんの一瞬だけ“別の形”へ変わりかける。
しかし、魔法陣はすぐに霧散した。
「……ッ」
ユキは魔力の流れの変質を感じ、思わず魔法を解除する。
「もう喋らないで……シア……お願い……」
ユキはシアを抱きしめ、泣きじゃくった。
その横で――ミサヤだけが、瞳を細めていた。
(……今のは……シア君の魔力……いや、それだけじゃない……
ユキ君の魔法陣が、変質した……?)
なにか、大きな“突破口”を見たような、そんな光だった。
「……」
ミサヤは息を飲み、少しだけ震えた指先を握りしめる。
(器が壊れかけた者の崩壊が……なぜ止まった……?
さっきの一瞬……あの魔法陣に……)
思考は止まらなかった。
ダイは覚悟を決め、二人を見回す。
「……ここまでだ。一度撤退する!」
ダイはパロを抱え、シアを背負い、二人まとめて担ぎ上げる。
「ユキ、ミサヤ。お前たちは周囲を警戒しながら一緒に戻れ!
ここはもう危険だ!」
ユキは涙を拭い、強く頷いた。
ミサヤも静かにうなずき、パロの様子を最後に一度だけ見てから歩き出した。
街に戻り、ギルドの医務室に運び込まれたパロは、意識が戻らないまま診断を受けた。
「魔力が……器から漏れ続けています。このままでは……一ヶ月持つかどうか……」
医師の言葉に、誰も声を返せなかった。
ユキは拳を握り、シアの手を強く握る。
シアの顔色は悪く、眠るように呼吸を繰り返している。
一方、ミサヤはパロの容態を見つめながら、息を飲む。
(崩壊が止まった……いや、正しく言えば……“失速した”……?
なぜだ……?)
そして、思い出す。
ユキの魔法陣に混ざった、シアの魔力。
その瞬間、確かに魔法陣が変質した。
(……ユキ君……
やはり君の魔法には……特性がある……)
静かに、ゆっくりと。
ミサヤの瞳に“興味”と“確信”が宿っていく。
(君は……この世界を変える鍵になる……)
誰にも聞こえない声で、ミサヤは小さく呟いた。
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