第57話 迫る影、崩れた器
森を吹き抜ける風がざわめき、獣の匂いが濃くなる。
村へ急がなければならない。
ダイの判断で、カグヤとエリスは前衛として先行していた。
「カグヤ、右! 三匹来る!」
「任せろ。」
影のように踏み込んだカグヤが鎖鎌を振り抜き、一匹の首を裂く。
残りが左右へ散り、挟み込むように迫る。
(速い……!)
牙が閃く。
破壊の魔法陣の展開が脳裏をよぎる──しかし、
(だめだ……。今撃てばエリスを巻き込む……!)
ためらいが、隙となった。
振り下ろされた爪が目前に迫る。
「カグヤ、伏せて!!」
蒼い閃光が走った。
光線が魔獣の頭を貫き、巨体が崩れ落ちる。
光の発射点に、息を切らすエリスが立っていた。
彼女はほっと笑い、小さくVサインを掲げる。
「大丈夫? カグヤ。……あなたを守るのは当然でしょ?」
胸の奥が温かく揺れた。
「助かった。ありがとう、エリス。」
「うん。でも置いていかないでよ、カグヤ!」
ふたりは視線を交わし、再び魔獣の群れへ駆け込む。
蒼い光と黒の影が森に吸い込まれていく。
***
同じ頃──
別の道を進むダイ、シア、ユキ、ミサヤの前にも魔獣が現れていた。
ダイは大斧を握り、低く唸る。
「……妙だ。威嚇はしてくるのに、襲う気配がない。」
ユキも首をかしげた。
「普通ならもう飛びかかってきてるはずなのに……」
緊張が静かに張り詰める中、
森を揺らす“笑い声”が響いた。
ケタケタケタケタ……。
乾いた、泣くような、歪んだ声。
シアは息を飲んだ。
「……この声、まさか……!」
魔獣たちが左右に割れ、道が開く。
黒い靄に包まれた少年が、よろりと歩いてきた。
「……パロ……?」
ギルドで怯えていた少年とは思えない。
黒い靄は荒々しく、不安定に揺れ、身体から零れ落ちているようだった。
ユキは震える声で問いかける。
「どうして……こんな……」
ミサヤは目を細め、その靄をじっと見つめた。
(……これは……崩れている……?
ガバゼの時とは違う。あの男はもっと“持続”していた。
なのに、この少年は──)
黒い靄は形を保てず、暴発寸前の塊のように脈動している。
(……器が、弱すぎる?
いや、でも……僕の調整でここまで早く壊れるはずは……
どこかで何かが……ずれている……)
それでも、確信には至らない。
ただ強烈な違和感だけが胸に刺さっていた。
パロは涙をこぼしながら笑っていた。
「いいよな……お前らはさ……強くて……
何も、失わずにいられるんだろ……?」
黒い靄が膨れ、足元の地面が黒く染まる。
「俺は……弱かった……だから全部失った……!
だったら……もう何もいらない!!
また失うくらいなら──」
絶叫が森を震わせた。
「俺が全部壊してやるよッ!!」
右手を突き出す。
魔獣たちが一斉に襲いかかった。
「シア、下がって!」
シアは即座に盾を展開。
衝撃が轟き、足元が大きく沈む。
「っく……!」
ユキが魔法陣を描き、
地面から鋭い氷柱が立ち上がって数匹を拘束した。
ダイは咆哮とともに前へ出る。
「道を開けぇッ!!」
大斧が火花を散らし、魔獣の胴を左右に裂く。
だが数が多すぎる。
シアの盾が押し返され、膝が沈む。
そのとき──
ミサヤの指先から細い光の糸が伸び、シアの身体へ触れた。
「シアくん。」
静かで、揺るぎない声だった。
「僕の力を分配する。遠慮しないで。
君は、まだ強くなれる。」
温かい魔力が、シアの内に満ちていく。
「ありがとうございます!!」
シアは踏み込み、迫る魔獣を弾き飛ばした。
パロは泣き叫んだ。
「なんで……なんで俺だけ弱いんだよ……!
もう嫌なんだ……嫌なんだよ……!!」
黒い靄が爆ぜ、さらに濃く身体を包み込む。
その揺らぎは、不安定で、壊れた器に無理やり詰められた魔力のようだった。
ミサヤはパロを見つめながら、小さく呟く。
(……耐えきれていない……。
器が……初めから……?
いや、まさか──)
その思考を裂くようにパロが再び絶叫した。
「全部……全部壊してやるッ!!」
森が震え、戦いは──本当の始まりを告げた。




