第54話 静かすぎる町
村を出たのは、夜明けの光が森を薄く照らした頃だった。
ダイを先頭に十名ほどの兵士が続き、その後ろをシア、ユキ、カグヤ、エリス、そしてミサヤが歩く。
「三日で町に着く。途中で魔獣に遭遇することもあるはずだが……油断するな」
ダイがそう告げると、一同は気を引き締めて頷いた。
だが――一日目は、不自然なほど静かだった。
本来なら道中で何度か魔獣に遭遇してもおかしくない。
しかし、森の奥で鳥が飛び立つ音すら聞こえない。
「……変ですね」
カグヤがぽつりと漏らす。
「まぁ、こういう日もあるかもしれないけどさぁ……静かすぎるよね?」
エリスが肩をすくめた。
そんな中、ミサヤがふいに足を止めた。
「偵察を出すんだよね? 僕も行くよ」
ダイが振り返る。
「お前も? 危険だぞ」
「平気だよ。回復もできるし……それに僕、探知が少し使えるんだ。
五十メートル以内なら、魔力の“漏れ”を感じ取れる」
「……便利だな。なら頼む」
ミサヤは偵察隊と共に森へ消え、ほどなくして戻ってきた。
「魔獣はいないよ。しばらくは安全だ」
その言葉に、兵士たちは安堵の息を漏らす。
そして道を進むたび、ミサヤは同じように偵察隊と前方を確認し、戻ってきては「異常なし」と告げた。
だが――その光景が続けば続くほど、シアの胸には薄い違和感が積もっていった。
(……何も、出てこない)
まるで魔獣そのものが、この道を避けているような――そんな感覚。
そして、三日目の昼前。
「見えたぞ、町だ!」
兵士の声とともに、一行は規模の大きな魔族の町へと足を踏み入れた。
活気のある市場、人々の笑い声、子どもたちが走り回る姿……
そこに“危機の痕跡”はどこにも見当たらなかった。
(本当に……魔獣大量発生なんてあったの?)
シアもユキもカグヤも、同じ疑問を抱いていた。
案内役の兵士に連れられ、基地へ入る。
大きな会議室でダイが報告を始めた。
「……以上が村での出来事、およびガバゼ隊長の最期です」
報告を受けた基地代表の魔族は、深い悲しみを浮かべながら頷いた。
「よくぞここまで運んでくれた。ガバゼの件は痛ましい……彼は優秀な男だった。
そして――人間であるにもかかわらず、ここまで力を貸してくれた君たちにも感謝する。
危険な状況に巻き込んでしまい、本当にすまなかった」
頭を下げられ、シアとユキは慌てて立ち上がった。
「い、いえ……僕たちは当然のことをしただけで……!」
「ほんとです! 助けたかっただけなんで!」
エリスは恐縮し、カグヤは静かに目を伏せる。
代表は穏やかに頷き、会議は締めくくられた。
夜。
宿舎の一室で、シアたちとダイ、ミサヤが円になって座る。
ダイは腕を組み、深刻な顔をしていた。
「……やっぱりおかしい。町の様子が、平穏すぎる。
本当に魔獣大量発生があったのなら、少なくとも町の人々の話題に上るはずだ」
「確かに……市場でも誰も話してませんでしたね」
ユキが小さく言う。
「治癒院にも死傷者の痕跡がなかった。村とは対照的すぎる」
カグヤが言った。
シアは思案するように拳を握る。
「もしかして……誰かが意図的に、情報を“消した”とか?」
ダイは渋い顔をした。
「そこまでは断言できんが……不自然なのは確かだ」
そのとき、ミサヤが穏やかに提案した。
「直接の証言がないなら――明日は町を見て回ろう。
商人や職人、旅人……情報を持っている人は多いはずだよ」
「それは……いいかもしれませんね」
シアが頷く。
「そして三日目はギルドだ」
ダイが机を軽く叩いた。
「冒険者ギルドなら、生きた情報や外部からの噂が集まる。
魔獣の件が虚偽なら、その齟齬も見えてくるはずだ」
全員が真剣な面持ちで頷いた。
静かすぎる町。
噛み合わない報告。
道中で一匹も現れなかった魔獣。
複数の“異常”が、ひとつの線へとつながろうとしていた。
「明日、町の話を直接聞く。明後日、ギルドで情報を集める。
それで何もわからなかったら……別の可能性を考えるしかない」
ダイの言葉は、じわりと部屋の空気を重くした。
だが同時に――
何か大きな真実に近づいている気配も孕んでいた。
(……何が起きてるんだろう)
シアは胸の奥のざわつきを抑えながら、目を閉じた。
魔界の闇は、まだその姿を見せていない。
だが確かに――その影は、静かに近づきつつあった。




