第53話 旅立ちまでの一週間
ガバゼの部屋で見つけた任務記録は、読み返すほど胸が冷える内容だった。
危険地帯への単独偵察。
村外れでの不自然な巡回。
魔物の痕跡調査。
頻度は明らかに常軌を逸している。
資料を伏せたダイは、深く息を吐いて仲間たちへ向き直った。
「……王都へ報告に行く。だが準備が必要だ。
兵を選抜して、物資も揃えなきゃならねぇ。時間がほしい」
その真剣な声は、誰もが自然と背筋を伸ばすほど重かった。
「お前らにも一週間の準備期間をやる。
身体を整えるでも、力と向き合うでもいい。
ここから先は、本気でやらなきゃ生き残れねぇ」
四人――シア、ユキ、カグヤ、エリスは静かにうなずいた。
その一週間は、彼らが想像するよりも濃い時間になる。
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カグヤは森の外れで、影の力を手のひらに宿しながら立っていた。
黒い斬撃を生むその力は、意志からわずかに外れただけで暴走する。
(……あの時。
俺はほんの一瞬ためらった。力を振るうのが……怖かった)
破壊の魔力は確かに強い。
だが、その強さが仲間を傷つけるかもしれないという恐れが、胸を刺して離れない。
「だから……制御しなきゃなんねぇんだよな」
カグヤは何度も影を放つ。
狙いはズレる。軌道は揺れる。
そのたびに、歯を食いしばって立て直す。
恐怖と向き合うための一歩を、確かに踏み出していた。
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エリスは駐屯地の裏手で膝を抱え込んでいた。
(……動けなかった)
みんなが命懸けで前に出たあの瞬間。
足が震え、力がこわばり、ただ立ち尽くした。
(強い魔法を使えるって……自信あったのに。
でもあんなの、意味ないじゃん……!)
唇を噛んだまま俯いていたエリスは、やがて小さく息を吸った。
「……逃げたくない。
怖くても、わたし……戦いたい」
立ち上がると、震える足を押し出すように前へ踏み出した。
戦う理由を、自分の中に作るために。
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シアは自室で静かに目を閉じ、手のひらを見つめていた。
(盾を作るたび……心が熱くなって、ざわついて……
あれは……なんなんだ?)
高揚感が弾けそうになり、暴走しそうな感覚。
恐ろしく、しかし離れがたい力の波。
(怖い……でも、向き合わなきゃ。
じゃなきゃ守れないんだ)
ミサヤの回復魔法が胸のざわつきを静めたときの感覚がふとよぎる。
その理由を知りたくて、シアは足を向けた。
「表情が固いね、シアくん。どうかした?」
シアは自分の不安をすべて話した。
ミサヤは遮らず、丁寧に聞いてくれる。
「君は恐れを知っている。それは力を扱ううえで大きな強みだよ。
良ければ、君が力と向き合う手助けをさせてくれないか?」
その声は柔らかく、深く、シアの胸を軽くした。
「……お願いします」
こうして二人の“制御訓練”が始まった。
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ユキは魔力操作の訓練をしていたが、氷が思うように展開できず膝に手をつく。
(……魔物のとき、もう限界だったのに……
シアは、まだ……戦えてた)
心の奥がずきりと痛む。
焦りと悔しさと、置いていかれたような不安。
そのとき、声がかかる。
「無理しすぎると壊れちゃうよ」
ミサヤだった。
シアの訓練をそばで見守っていたミサヤは、ユキの変化にすぐ気づいたらしい。
「……別に、悩んでなんかない」
「そう言う人は、目をそらすんだ」
図星を刺され、ユキはむっとしつつも視線を逸らす。
しかし気づけば、胸の奥の悩みをぽつりぽつりと語っていた。
悔しさも、焦りも、情けなさも、そして――シアへの気持ちも。
「ユキさんは強いよ。
自分の弱さをちゃんと見つめられるんだから」
「……でも追いつけてない」
「焦るのは、シアと同じ場所に立ちたいからだろう?
その気持ちは、ちゃんと力に変わるよ」
ユキの肩から、重たいものがふっと落ちていった。
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一週間が経った。
シアは魔力の高揚を僅かに読み取れるようになり、
ユキは魔力の消費を抑える技術を掴み、
カグヤは破壊軌道を安定させ、
エリスは“怖くても前に出る”という本当の意味での覚悟を得た。
ミサヤは四人の成長を静かに見守りながら、
自然とそこに溶け込むように、彼らを支え続けた。
こうして、王都へ向かう旅立ちの日が近づいていく。
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