第50話 黒い霧の終焉と、森に差すひとすじの光
ガバゼの拳が振り下ろされた瞬間、シアは盾を顕現させて受け止めた。
「ぐっ……!!」
押し返される。
盾はきしみ、今にも砕けそうだ。
「シア坊!! 無茶すんなッ!」
横からダイが割り込み、大斧でガバゼの拳を押し返した。
シアとダイ、二人がかりでようやく釣り合う――
まさに、“怪物”と対峙している感覚だった。
「チッ……人間と穏健派が組んだところで無駄だ……!」
ガバゼはもう片方の腕を振りかざし、シアへ叩きつけた。
「――ッ!」
シアは吹き飛ばされ、木々を転がりながら地面に手をついて踏ん張る。
目の前には、すでに迫ってくるガバゼの影。
斬撃が迫る――!
(ま、間に合え――!)
シアは咄嗟に盾を創造し、剣を受け止めた。
――軽い?
ガバゼの攻撃が先ほどよりも明らかに鈍っている。
「シア! 今だッ!」
ダイが再び割り込み、大斧で斬りかかった。
ガバゼは後退。黒い靄が身体から噴き出し、呼吸が荒くなる。
「……クソが……!」
そのとき。
「まだ……まだ終わってないわよッ!!」
ユキが震える足で立ち上がり、最後の魔力を振り絞って手をかざした。
――ガチンッ!!
ガバゼの足元が一瞬にして凍りつき、動きが止まる。
「なっ……!」
「エリス!! 今!!」
「は、はいぃぃ!!」
エリスが両手を前に突き出す。
魔力は残りわずか。
だが――そのすべてを“一点”に集中させた。
「ぬあああああぁぁぁああッッ!!」
白い閃光が一直線に走り、ガバゼの胸を貫いた。
「……ッ!?」
ガバゼの瞳に一瞬だけ正気が戻る。
次いで――
黒い靄が身体から激しく吹き出し、裂ける音とともに全身が崩壊するように霧散した。
黒い霧が風に溶け、跡形もなく消え失せる。
森に、静寂が落ちた。
「……はぁ……っ、はぁ……っ」
ユキはその場に崩れ落ち、エリスも意識を失った。
カグヤは先ほどの一撃の衝撃で倒れたまま。
ダイも膝をついて息絶え絶えだ。
シアも震える手で地面を支えながら、なんとか立っていた。
(……勝った……?
本当に……終わったんだ……?)
緊張が解けた瞬間、胸の鼓動が暴れ出し、頭が熱を帯びる。
戦いの余韻で、感情がうまく整わない――そんな危うい感覚。
「――大丈夫?」
不意に、落ち着いた声が背後から聞こえた。
すっと人影が現れる。
黒髪の青年。
薄いフード付きのコートを羽織り、どこか旅人らしい軽装の男。
「うわ……ひどい有様だね。君たち、相当頑張ったんだろ?」
男は敵意を一切見せず、自然にシアのそばにしゃがみ込んだ。
「き、君は……?」
「ただの旅人だよ。近くで大きな音がしてね、心配で来てみたんだ」
男は優しく微笑み、右手をかざした。
「動かないほうがいいよ。――治療、始めるね」
淡い光が広がり、シアの身体を包んだ。
その光は温かく、痛みだけでなく胸のざわつきまでも溶かしていく。
(……あれ……さっきまで心が暴れてたのに……
なんでだろ……落ち着く……)
シアはふっと息を吐き、肩の力が抜けた。
「回復魔法、得意なんだ。みんなのことも診るよ」
男はひとりひとりに治療を施していく。
ユキもエリスも、カグヤもダイも……
みんなの呼吸が落ち着き、安堵の表情へ変わっていく。
男は最後に名乗った。
「僕はミサヤ。見ての通り旅をしている者さ。
もし良ければ、村まで戻るのを手伝うよ。放ってはおけないしね」
シアは深く頭を下げた。
「……本当に、ありがとうございます……」
「気にしないで。困ってる人を助けるのは当然だろ?」
その笑顔には欠片も曇りがなかった。
敵意も、怪しさも、闇もない。
ただ優しく、あたたかい光。
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