第47話 「迫り来る異形」
森に響いていた魔獣の咆哮が、ようやく途切れはじめた。
焦げた草の匂い、飛び散った土埃、荒く肩で息をする魔族の兵士たち。
シアたちもそれぞれが魔獣を片付け、剣先をわずかに下げる。
「――よし、一段落だな!」
大斧を肩に担ぎ、ダイが豪快に笑った。
「やるじゃねぇか、お前ら!」
「ふふん、当然です!」
胸を張るエリスの頭をユキが小突く。
「まだ駐屯地に戻ってないんだから、浮かれないの!」
「あ、はい……!」
エリスがしゅんとする横で、シアは苦笑しながら剣を収めた。
そのとき――。
「…………」
カグヤがひとり、眉をひそめ沈思しているのにダイが気づいた。
「お、どうしたカグヤ? 何か気になるか?」
「……魔獣が、妙でした」
「妙?」
シアが聞き返すと、カグヤは森の奥に視線を向けたまま続ける。
「焦ってる……というより、怯えているようでした。
普段の魔獣にはない落ち着きのなさ……まるで“何かから逃げてる”みたいで」
ダイは目を細め、低く呟く。
「――気づいたか」
「どういうことなんですか?」
シアが問う。
「魔獣から、強烈な恐怖の“匂い”を感じました。
それも……異形の、もっと別の何かに対しての」
その瞬間、森の前方から刺すような声が飛んできた。
「まだ、生きていたか――」
シアたちが振り返ると、ガバゼが腕を組んだまま仁王立ちし、冷え切った目で睨んでいた。
「こいつらは筋がいい。使えるぞ」
ダイが一歩前に出て庇うように言う。
「……そうかよ」
ガバゼは鼻を鳴らし、不機嫌さを隠そうともしない。
そのとき――。
『隊長ォ! 前方に――なんかッ、化物がっ!!』
前線から悲鳴が上がった。
「おい、ガバゼッ!」
ダイが怒鳴る。
「わかっている」
ガバゼは短く返し、右目をゆっくり閉じた。
「え、何してんの……?」
エリスが首を傾げると、
「ガバゼの能力だ」
ダイは手短に説明する。
「部下の視界を“借りる”ことで、遠くの状況をそのまま見れる」
「……ダイ」
ガバゼが低く睨みつけた。
「で、どうなんだ?」
ダイはまったく気にせず聞き返す。
ガバゼはわずかに眉をひそめ、告げた。
「――魔物だ。一体だけだが……厄介なヤツだ」
その言葉に場の空気が一気に冷える。
「魔物?」
ユキが息を呑む。
「魔獣よりも、はるかにヤベぇ。
魔獣は元はただの動物だが、魔物は異形……魔族が昔使役した化物だ。
個体によっては、魔獣百匹以上に匹敵する化け物もいる」
ガバゼの声には僅かな苛立ちと緊張が混じる。
「だから……魔獣たちは逃げ惑っていたのか」
カグヤが呟くと、
「俺もそう思う」
ダイが頷いた。
「え、つまりどういう……?」
エリスが混乱して尋ねる。
「魔獣は元々ただの動物。
“異形の魔物”に追われれば――逃げるしかないのよ」
ユキが冷静に説明する。
その言葉を聞いた瞬間、
シアの背筋に冷たいものが走った。
「あの魔獣の群れを……一体の魔物が追い立てたって、ことか……」
恐怖と焦りが混ざった声が零れる。
シアは前線へ目を向け、拳を強く握った。
ダイは大斧を肩に載せ直し、ニッと笑う。
「ビビってる暇はねぇよ。行くぞ、お前ら!」
「はい!」
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