第46話 迫りくる影
スタンピード現場へ向かう道は、夜に沈みかけた空の下で不気味なほど静かだった。
湿った風が木々を震わせ、遠くで魔獣の咆哮がこだまする。
「……そろそろ話しておくか」
列の先頭を歩く分隊長ダイが、肩に担いだ巨大な斧を軽く叩きながら口を開いた。
「魔族はな、全部が全部“人間嫌い”ってわけじゃねぇ。ざっくり言えば――穏健派と過激派、二つの派閥がある」
後ろから歩いていたシアが目を上げる。
「穏健派……過激派?」
「ああ。俺は穏健派だ。人間との和平を望む側だな。だが――」
ダイはわざとらしく肩をすくめた。
「ガバゼ隊長は過激派の筆頭だ。ここ数年で勢力を一気に伸ばしてよ。ま、あれだけの武功があれば当然っちゃ当然だがな」
その名を聞いた瞬間、後ろで歩いていたカグヤがわずかに表情を曇らせた。
「過激派が力をつけている……ってことですか?」
「そうなるな」
ダイは低く唸るように続けた。
「お前らがこれから行く村は、珍しい“穏健派の村”だ。人間界にも近くて、商業も発達してる。過激派からしたら喉から手が出るほど欲しい土地ってわけよ」
「そんなところにガバゼさんが駐屯しているのは……」
シアが言いかけたところで、ダイが重く頷いた。
「察しがいいな。あの隊長なら……何かしらやる可能性がある。今の魔界は、それぐらい不安定だ」
空気が静まり返る。
その瞬間――シアは、背後にゾクリとした気配を感じ振り返った。
だが。
何もいない。
ただ、風が枝葉を揺らすだけ。
(……気のせい、じゃない。でも……)
シアが訝しげに目を細めると、カグヤも同じ方向をちらりと見たが、すぐに視線を前へ戻した。
◆ ◆ ◆
軍本隊へ近づくと、轟音と共に戦場の気配が押し寄せてきた。
魔族兵たちが必死に防衛ラインを維持し、黒い影――大量の魔獣が前線を押し潰そうとしていた。
「くそっ、押しきれねぇ――ッ!」
「隊長まだか!?」
悲鳴に近い叫びが飛ぶ。
その刹那、
「どけぇぇぇええええッ!!」
ダイが前へ飛び出し、巨大な斧を思い切り横薙ぎにした。
風が爆ぜ、斧の軌道に沿って木々が揺れ、
黒い魔獣たちの群れが――まとめて吹き飛んだ。
周囲の兵が目を丸くする。
「分隊長……すげぇ……」
「バケモンかよ……!」
ダイは斧を肩に担ぎ、豪快に笑った。
「道ぁ開いたぞ! 行くぜガキ共!!」
「はいっ!!」
シア、ユキ、エリス、カグヤが一斉に前へと走り込んだ。
シアは迫りくる魔獣を斬り伏せ、一歩、また一歩と陣地を押し返す。
「やるじゃねぇの、シア!」
「ダイさんほどじゃないですよ!」
シアが軽口を返したその瞬間――
「シア、右!!」
ユキの鋭い声。
シアの死角から魔獣が牙を剥いて突撃していた。
ユキは素早く魔法を展開し、魔獣を瞬時に氷結させる。
「油断しない!」
「ご、ごめん!」
その後ろでダイが肩を震わせながら笑う。
「おーこわ! あの子は怒らせねぇ方がいいな!」
それでも斧の勢いは落ちることなく、
ダイはシアたちに並んで魔獣を次々に薙ぎ倒していく。
夜の森が轟音と魔力光で満たされ、
戦場は混乱と熱気の渦へと変わっていった。
――ただ一つ、誰も気づかない。
闇の奥で、
シアたちを「観察するように」漂う微かな殺気だけが、
確かにそこに存在していたことに。
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