第39話「やすらぎの一日」
朝の屋敷の食堂には、いつもより穏やかな空気が漂っていた。
ステインが食卓の席につくと、集まっていた面々――シア、ユキ、カグヤ、エリス、ユーリ、デント、カイン――に向けて口を開いた。
「今日は修行も訓練も休みにする。師匠から、シアの修行がひと段落ついたと昨日聞いた。いい機会だ、全員でゆっくり休め」
一瞬の静けさのあと、歓声と笑顔が弾けた。
――食後、屋敷の一室にて。
ステインは寝室で支度を整えていた。鎧のベルトを締めていると、ユーリが軽やかな足取りで近づいてくる。
「どこに行くの?」
鏡越しに顔を合わせると、ステインは簡潔に答えた。
「師匠のところへ。礼を伝えに行ってくる」
そう言って扉を開けたところで、廊下を歩いていたデントと鉢合わせた。
「おっ、ステイン! どっか行くのか?」
「師匠の鍛冶場だ。良ければ一緒に来るか?」
「いいねぇ、俺も顔出してぇと思ってたとこだ。行く行く!」
二人が階段を下りようとしたところで、カインが廊下を通りかかる。
「カイン、よければ君も来ないか?」
「悪いけど……今日は調べ物で手が離せないのよ。ステイン、後で様子聞かせてちょうだい」
カインはメモをめくりながらそのまま書庫へと向かっていった。
――陽が高くなり始めた頃、場所は鍛冶場へ。
鉄を打つ音が止み、ふいごの風も落ち着いた頃。ゴルグが炉の前でゆっくりと腰を上げた。
そこにステイン、ユーリ、デントが訪れていた。久々の休日を利用して、ゴルグに挨拶に来たのだ。
「カインは調べ物で不参加だ」
ステインがそう言って苦笑すると、ユーリとデントが揃って頷いた。
「私たちも挨拶くらいはしたくてね」
「せっかくだし、街に出て飯でもどうだ?」
ゴルグは無言で頷き、三人を迎え入れる。するとすぐに彼はステインを見て、ふと口を開いた。
「……面白い弟子を取ったな」
ステインが少し驚いたように眉を上げると、ユーリがふふっと微笑んだ。
「うちの亭主と違って、優秀なんですのよ」
「……確かにな」
ゴルグの静かな相槌に、デントが腹を抱えて笑う。
「ハハッ、そりゃ言いすぎだろ!」
和やかなやりとりのあと、ステインが小さく咳払いをして言った。
「師匠。礼も兼ねて、食事でも。街に行こう」
その提案に全員が頷き、外へ出ていった。
――昼過ぎ、街の通り。
昼食を終えて街を歩いていたとき、偶然シアとユキが並んで歩いているのを見かけた。
「……ふふ、つけてみましょうか」
ユーリが楽しげに囁くと、ステインが小さくため息をついた。
「……やめておけ」
だがその横でゴルグが無言でユーリの後を歩き出す。
「……師匠まで……」
ステインがぼやく横で、デントが楽しげに笑った。
「いいじゃねえか、面白そうだろ?」
「……来ないなら別にいいですわよ?」
ユーリの言葉に、ステインはしぶしぶ頷いた。
――その頃、教会には子供たちの明るい声が響いていた。
カグヤは男の子たちと庭でかけっこをし、エリスは女の子たちと並んで花冠を編んでいる。
「お姉ちゃん、その人好きなのー?」
「え、あ、う……うん……多分……」
耳まで真っ赤に染まったエリスを見て、少女たちが「わー、照れてるー!」と笑い声を上げる。
一方でカグヤは地面に倒れ込み、ぜえぜえと息を切らしていた。
それを見たエリスは、手を止めてそっと呟く。
「……元気そうで、ほんとよかった」
その直後、少年たちのひとりがエリスの方を指差して叫ぶ。
「エリスお姉ちゃんとカグヤお兄ちゃん、なんかぎくしゃくしてないー?」
カグヤとエリスは同時に顔を赤らめ、視線をそらす。
「図星だー!」
子供たちの笑いに、ふたりは恥ずかしさで肩をすくめた。
――夕暮れの帰り道。
「……ありがとう」
ふと、カグヤが静かに言った。
エリスは立ち止まり、振り返って彼の顔を見つめる。
「私は、どんなカグヤでも支えるよ。だから……」
「……そばにいてくれ」
照れくさそうに言うカグヤに、エリスは優しく微笑んで頷く。
「うん。私も、いたい」
ふたりは自然と手を取り合い、並んで歩き出す。
そんな中、道の先に見えたのは――
「……あれって……」
「……覗き見? 楽しそう」
茂みに隠れているステインたち。そしてその先には、シアとユキの姿。
カグヤとエリスも、笑いながらそっとその後ろに加わっていった。
――時を戻して、朝のユキの部屋。
ユキは部屋の中を落ち着きなく歩き回っていた。
「どうやって誘おう……たまの休みだし……別に変じゃない……」
鏡の前で髪を直し、何度も深呼吸。
そして決意を胸に、部屋を出てシアの部屋へ。
ドアの前で深呼吸をし、ノック。
「たまの休みだし……どっか、出かけない?」
ぎこちなく言うユキに、シアはにこっと笑った。
「いいね、ユキ。……カグヤとエリスも誘おうか」
その言葉に、ユキの心が少し沈む。
「……うん。そうだね」
ふたりでカグヤの部屋を訪ねると、エリスがベッドに腰かけていた。
「ごめんね、今日教会に行く予定で……」
エリスはユキの手をぎゅっと握る。
「頑張ってね! 応援してる!」
顔を真っ赤にしながら、ユキは頷いた。
――屋台の賑わいが街に広がる中。
シアとユキは笑顔で食べ歩きを楽しんでいた。
「美味しい……!」
「ユキ、これも食べてみて」
ふたりの距離は少しずつ近づき、やがて夕暮れの広場へ。
ベンチに並んで腰掛け、静かな風が頬を撫でる。
「……なんかさ。故郷を出る前のこと、思い出す」
シアの言葉に、ユキは静かに頷いた。
「……父さんと母さんに、会うのが怖い。……でも、行かなきゃって思う」
ユキはそっと手を伸ばし、シアの手を握った。
「大丈夫。私がいるから」
目が合い、ふたりの距離が近づいて――
「ガサッ」
茂みから、大人たちがどさっと倒れ出てきた。
「…………」
「なにやってんのよ!!」
ユキの怒号が夕暮れの広場に響き渡った。
――その夜。
カインの部屋には、ランタンの淡い光が灯っていた。
机には、山のように積まれた本。
その中の一冊を開いたカインが、目を見開く。
「……あった……これだ……」
表紙には、こう書かれていた。
『はじまりの神々』
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