第38話「壊すこと、作ること」
扉の前で、カグヤは立ち止まっていた。
重い呼吸。まだ痛む身体。傷の数々は、あの暴走が“夢ではなかった”ことを物語っている。
「……行こうか」
シアが優しく声をかける。
カグヤは頷き、俯いたまま、静かに扉を押した。
食堂の扉が軋むように開く。
そこにどんな空気が流れているのか。誰がどんな顔でいるのか。
カグヤにはわからなかった。顔を上げられないまま、一歩、また一歩と足を踏み入れる。
その時。
「……っ、カグヤぁぁあああああっ!!」
泣き声が爆発した。
ぐしゃぐしゃになった顔のエリスが、椅子を蹴って走り寄り、そのままカグヤに飛びつく。
「よかった……よかったああ……!」
彼女は大号泣していた。顔を押し当て、涙を拭うようにしてしがみつく。
カグヤの肩がわずかに震える。
その瞬間、空気が変わった。
ユーリが「あらあら」と微笑み、カインが「ほんっと、世話焼かせるんだから」とやれやれと息をつく。
ステインは腕を組み、やや呆れた表情。
デントは椅子にもたれかかりながら、にやりと笑う。
ユキは小さく肩をすくめて、「ほんと、心配させすぎ」と苦笑していた。
そんな温かな空間の真ん中で、カグヤはまだ俯いたままだった。
「ま、ぶっちゃけ一番酷かったのはお前だったけどな。うん」
デントがあっけらかんと言うと、エリスが「うっ……ぅああ……!」とさらに泣き出す。
「だが……戻ってきてくれて、ありがとな」
その言葉に、カグヤはやっと顔を少しだけ上げた。
真っ直ぐ彼を見つめていたのは、ステインだった。
「止められなかった。お前一人に背負わせた……俺の力が足りなかった。すまん」
深く、頭を下げる。
「……!」
カグヤは何も言えなかった。だが胸が熱くなるのを感じた。
しばしの沈黙の後、カインがテーブル越しに尋ねた。
「……カグヤ。ルーツの魔法で、何を見たの?」
カグヤは顔をしかめ、少し迷ってから――口を開こうとする。
その一瞬の間に、カインの表情が強張った。
「……そっか。やっぱり、あんたも……」
カインはぽつりと呟く。
「都市が滅びては生まれて、何度も何度も繰り返される……あまりにも、壮大で、抽象的すぎる映像」
その瞳の奥に、何か別の思考が駆け巡る。
次の瞬間。
「まさか……」
その言葉だけ残して、カインは音もなく立ち上がり、食堂を急ぎ足で出ていった。
*
午後、カグヤはシアに連れられて鍛冶場を訪れていた。
高温の炉の前で、シアは汗を拭いながら材料を運び、火の加減を調整していた。
隣では、老鍛冶師・ゴルグが無言で鉄を打っている。
熱と音の空間。
ただそれだけが満ちる中で、カグヤは静かにその光景を見つめていた。
やがて一段落すると、ゴルグが火ばさみで何かを取り出し、無言でカグヤに手渡した。
それは、漆黒に近い輝きを宿す玉鋼の塊だった。
「……これは……?」
問いかけると、ゴルグは一言だけつぶやく。
「刀はな。そいつを“割る”ところから始まる」
言い終えると、再び無言で持ち場に戻っていく。
呆気に取られたカグヤに、シアが穏やかに声をかけた。
「“壊すこと”って、作ることの反対じゃないと思う」
カグヤがゆっくりと彼を見る。
「むしろ、何かを作るために、必要な“過程”なんだ。僕は、そう思う」
その言葉に、カグヤはもう一度、手の中の玉鋼を見つめた。
あの日、壊すことしかできなかった手で。今、自分は……。
顔を上げると、シアが笑っていた。
「これからは――一緒に作っていこう」
カグヤは、初めて――はっきりと頷いた。
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