第37話「受け入れた果てで」
「カグヤ……戻ってこい!!」
砕けかけた盾を両手で支えながら、シアは声を張り上げた。喉が枯れそうになるほど、必死だった。
魔力の嵐が渦巻く中、黒き大鎌を構えたカグヤがゆっくりと振り向く。
その瞳には、光がなかった。意識は確かにあるはずなのに、まるで心がそこにいないようだった。
そして次の瞬間、大鎌が一閃。
空間を引き裂くような瘴気の斬撃が、一直線にシアとユキへと放たれた。
「……っ!」
ユキは防御を展開する間もなく、衝撃波に弾き飛ばされた。軽い体が宙を舞い、石床に倒れ込む。そのまま動かない。
シアはぎりぎりで盾を再構築し、真正面から斬撃を受け止める。
「はぁ……っ! ……お前の力は、こんなことに使うためのもんじゃないだろ!!」
声を張り上げ、盾を前に突き出す。その言葉は、叫びというより――願いだった。
だが、カグヤの瞳がわずかに揺れたその瞬間。
「お前に……何がわかるッ!!」
悲鳴のような叫びとともに、鎌が再び振り上げられた。
瘴気が螺旋を描いてほとばしり、連続する魔力の奔流が盾を削る。
「俺の力は……怖いんだ! 守りたいのに、壊すかもしれない……それが、何よりも怖いんだよ!!」
叫びながらも、攻撃の手は止まらない。まるで、恐怖そのものが暴れているようだった。
シアはひたすら盾を再生し、受け止め続ける。
だが、限界は近かった。
次の一撃。盾が砕け、シアの体が吹き飛ぶ。壁に叩きつけられ、崩れ落ちる。
「うっ……く……」
それでも彼は、地を這いながら立ち上がろうとする。
カグヤが息を切らしながら叫ぶ。
「……どうせ壊すなら、いらない……っ! 全部、いらない……!」
その手には、未だ黒く輝く鎌が握られている。
その時だった。
沈黙の中で、ただ俯いていたエリスが、ゆっくりと顔を上げた。
震える足で、一歩ずつ。カグヤのもとへと歩き出す。
瘴気が肌を焼き、髪を揺らす。その中を、エリスは一言も発さずに進んでいく。
そして――
平手打ち。
乾いた音が響いた。
「……目ぇ覚ましなさいよ、バカッ!!」
カグヤの動きが止まる。鎌がぐらりと揺れる。
彼は呆然と、目の前のエリスを見つめた。
「泣いてるのも、怒ってるのも、迷ってるのも――ぜんぶカグヤでしょ!」
エリスの目には涙が浮かんでいた。
「“綺麗なあんた”なんかじゃない。“悩んでるあんた”だからこそ、あたしは好きになったの!」
その言葉は、凍っていたカグヤの心を貫いた。
ふと視線を下ろすと――エリスの手が、ズタズタに裂けていた。
瘴気で焦げ、皮膚が剥がれ、血が滴っている。それでも彼女は、カグヤの目を逸らさなかった。
カグヤの肩が震える。
そして――何かが切れたように、その場に崩れ落ちた。
*
――白い天井。
ゆっくりと瞼を開くと、差し込む光が目に入った。
ベッド。包帯に覆われた腕。静かな室内。
ここは、……助かったのか。
カグヤは、自分の胸に手を当てた。
そこにはまだ、“力”があった。暴走のように荒れ狂ってはいない。
だが――はっきりと感じる。今までよりも、ずっと明確に力の流れが“見える”。
(……使える。……制御できるかもしれない)
そこまで思ったところで、ドアが静かに開く音がした。
「……起きてたか」
入ってきたのは、傷だらけの姿のシアだった。
右腕には包帯、足も引きずっている。それでも、まっすぐにこちらを見つめていた。
「……次の修行に向かう。……一緒に来てくれないか?」
その声は、優しかった。
カグヤは、ゆっくりと頷いた。
だが――その顔は、俯いたままだった。
自分がしてしまったことの重さが、胸を押さえつけていた。
まだ、目を合わせることはできなかった。
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