第36話「終わりの微笑み」
――ここは、どこだ。
目を覚ますと、視界は漆黒に染まっていた。空も、大地も、存在しない。ただ闇だけが果てしなく広がる空間。
音もなく、風も吹かず、時間すら止まったような虚無。
カグヤは、ただその場に立ち尽くしていた。
「やっと来たな」
声がした。
振り返ると、そこには自分そっくりの青年が立っていた。灰色の髪、薄い瞳、冷たい表情。そして――口元には、薄く笑みを浮かべている。
「お前が俺か……」
「いや、俺は“本当のお前”だ」
そう言うと、彼の背後に映像が浮かび上がる。魔法陣に囲まれた空間。暴走したカグヤが、仲間たちを襲っていた。
シアの盾を破壊し、ユキに刃を向け、エリスを吹き飛ばす。ステインが倒れ、カインとユーリも無力に崩れ落ちる。
「やめろ……!」
「これが、お前の力の正体だ。すべてを終わらせる力。お前の望んだものだろ?」
カグヤは頭を振る。違う、と否定する。
だが“もう一人の自分”は顔をゆがめた笑みに変え、告げる。
「じゃあ、あの村は? お前はあの平和な日々が幸せだったか? 違うだろう。
本当は、自分には居場所がないと思ってた。申し訳なくて、なのに――やつらは笑っていた。許せなかっただろ?」
闇に溶けるように、かつての村の映像が浮かぶ。笑い合う人々。その中心に、居場所を見い出せずに立ち尽くす“過去の自分”。
「……俺は……」
「今の仲間たちも同じだ。シアも、ユキも、エリスも。お前が悩み苦しんでいた時に、何一つ気づかず、のうのうと笑っていた。だから――壊したいんだよ」
そう言い放ち、彼は自らの頬を爪で引っ掻いた。赤い血が一筋、闇に滲む。
カグヤはそれでも、顔を上げた。
そして現れたのは、エリスの姿だった。
だが――彼女の表情は見えなかった。影のようにぼやけ、口は閉じられたまま。何も言わない。
「……エリス……?」
不安が、心を締めつける。
続いてシア、ユキの姿も現れるが、彼らも無言で、ただそこに“居るだけ”。
誰も、何も言ってくれない。
心が凍るような孤独が、胸の奥から這い上がってくる。
不信、恐怖、絶望。
「だったら――」
その時、カグヤと“もう一人のカグヤ”が、同時に口を開いた。
『全部、消してしまえばいいんじゃないか?』
その声は重なり、共鳴し、空間そのものに響き渡る。
まるで自分の心が、自分自身を説得しているかのようだった。
*
現実。
爆発的な魔力の渦の中、シアとデントが必死に盾を構えていた。
「くっ……!」
「踏ん張れ! まだ耐えられる!」
しかし、空中に描かれた魔法陣が禍々しい光を放ち、巨大な破壊波が解き放たれる。
瞬間、デントがシアを庇いに入った。
盾が砕け、魔力の波が全身を包み――彼の身体が、ゆっくりと崩れ落ちた。
「デント……!?」
その光景に、ユキの瞳が見開かれる。
だが、次の瞬間――黒き大鎌が、彼女の目の前へと振り下ろされる。
「ユキィィィ!」
刃が止まったのは、ユキの目前で。
ステインの剣が、鎌を受け止めていた。
「……無傷で止められると思うな……! 腕の一本や二本、くれてやる覚悟でいけッ!!」
叫びと同時に、ステインは反撃に転じる。
しかし、カグヤが後退し――ステインの足元に黒い魔法陣が浮かぶ。
「しまっ――」
次の瞬間、ステインの膝が崩れ、意識を失ったように倒れ込む。
「ステインッ!!」
カインとユーリが同時に魔法を放つ。魔法陣が展開され、光と癒しの力が交錯する――が。
カグヤの鎌が一閃。 魔法陣はかき消され、何もなかったかのように闇に沈む。
再び、掌が掲げられた。
破壊の衝撃波が放たれる。
爆風と黒い光が、カインとユーリを直撃する。
二人は、呻くこともできず――その場に崩れ落ちた。
戦場に、静寂が訪れる。
誰も動けず、誰も立てず、ただ一人、黒い鎌を持ったカグヤだけが、そこに立っていた。
その唇に浮かぶのは、狂気の微笑――**“終わりの微笑み”**だった。
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