第35話「暴走の兆し」
暗闇の中、何もない荒野にカグヤは立っていた。
地平の果てまで広がる灰色の大地。空すら灰色で、風も、音も、匂いすらない。そこにはただ、“終わり”だけがあった。
ふいに、彼の目の前に街が現れる。人々が行き交い、笑い、灯火が揺れていた。
だがそれも束の間。轟音とともに、街は業火に包まれた。
──次の瞬間、新たな街が生まれる。前よりも文明的で、美しく、そしてまた滅びる。
その光景は繰り返される。進化と破滅、創造と崩壊。それはまるで、“歴史”という名の終焉の連鎖。
やがて、場面が静かに切り替わる。
一つの家。家族が食卓を囲み、笑い合う。ありふれた、けれど確かに温かい日常。
だが、それも唐突に終わりを迎える。
父が血まみれで倒れ、母が病に伏し、幼い子が飢えに倒れる。
何もかもが失われるのを、カグヤはただ見ていた。
胸が締めつけられる。声が出ない。何もできなかったあの日の、自分と重なる。
そして、世界は闇に包まれた。
光も音も消えた空間の中心に、一人の青年がうつむいて立っている。灰色の髪。中性的な輪郭。
──自分とそっくりだ。
カグヤが向き合うように歩を進めると、青年がゆっくりと顔を上げた。
その表情は、笑っていた。
口角が異様に吊り上がり、血のような紅い瞳が爛々と輝く。
狂気そのものの笑み。
「お前は……俺……?」
カグヤが問う。
答えは返らない。だがその笑みがすべてを物語っていた。
それは、“終わり”を肯定する自分。暴走の果てに生まれる、“力に呑まれた存在”。
それを見た瞬間、カグヤの意識は闇に溶けた。
*
現実世界。魔法陣の中央で、カグヤの身体がわずかに震えた。
全員の視線が集中する中、デントが眉をひそめる。
「長いな……嫌な感じだ。これ、来るぞ」
シアが息を呑む。
「暴走……?」
「ほぼ確実ね」カインが静かに言う。「ルーツであんなに長く沈黙してるのは、普通じゃないわ」
その声に応じ、ステインが鋭く指示を飛ばす。
「全員、配置につけ」
簡潔に、だが正確に作戦が伝えられる。
シアは両手を構え、再生魔法で盾を錬成し始める。魔力の流れを見極め、次々に形を生み出す。
「僕が、止めるための土台をつくるから!」
デントがその盾を手に取り、正面に立つ。
「こいよ、カグヤ。俺が最前で受け止めてやる!」
カインとエリスは左右から構え、魔法陣を展開する。拘束陣、結界陣、抑制の光が幾重にも重なっていく。
「派手にいくわよ、エリス!」
「うんっ、わたしも全力で!」
その背後では、ユキとステインが剣を構え、エリスとカインを守るように立つ。
「ここから先には、通さない」
「任せておけ」
そして、ユーリが最後方で祈るように両手を組む。
「……あなたの心を、もう一度ここへ連れ戻してあげる」
その瞬間だった。
魔法陣の光が、ぴたりと収束した。
次の瞬間、爆音のような衝撃波が室内を吹き抜ける。
「くっ……!」
デントとシアが同時に一歩踏み出し、盾を構えながら踏ん張る。魔力の奔流が、空間を歪ませる。
「来たか……!」
そして、魔力の嵐の中からゆっくりと姿を現したのは、カグヤだった。
右目は反転し、白目が黒、瞳が淡い光を放っている。
左目からは赤い涙がつ、と流れ落ちる。
口元には、あのルーツで見た青年と同じ――狂気の笑みが浮かんでいた。
そして、手をかざすと、闇がねじれ、螺旋状に凝縮される。
現れたのは、全長二メートルに及ぶ黒き大鎌。
血のような瘴気が刃から滴り、音もなく空気を切り裂く。
その姿はまさに、「終わりの力」の化身だった。
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