第32話「世界が動き出す時」
──どこまでも続く荒野。何もない、乾いた大地。
ユキはそこで目を覚ました。
足元は割れた土、風は吹かず、空はどこまでも高く青い。草も木もない。だが、どこかで見たような光景だった。
次の瞬間、世界が変わる。
杭が打たれ、道ができ、町が生まれ、都市が築かれ、人々が歩く。豊かさと混沌が入り交じり、争い、戦い、滅び──そしてまた再生が始まる。
その流れを、ユキは見ていた。
(……これは、シアの時と……同じ……?)
その思考を断ち切るように、また世界が切り替わる。
今度の世界には動きがなかった。
風も、草も、雲も、水も──すべてが「動きを止めていた」。
人々は話しながら口を開いたまま固まり、鳥は羽ばたいたまま空に浮かび、水の波紋すら静止している。
ただ一人、幼い自分だけが動いていた。
薄暗い世界で、ユキは歩く。足音も響かない、静謐すぎる世界。
指先で水面に触れる。波紋が広がり──すぐに凍りついた。
彼女は歩き続ける。やがて空に、巨大な時計仕掛けの歯車が現れた。
ギギギ──という音とともに、それがゆっくりと回り始める。
一回転。雲がわずかに流れる。
二回転。水がまた、少しだけ動き出す。
三回転。風が吹き、鳥が羽ばたき、時間が「流れ」始める。
最後の一回転が終わると、歯車は光の粒となって空へと消えていった。
──世界が再び、動き出した。
***
「……ユキ、どうだった?」
ユキは白い魔法陣の中央で静かに目を開けた。カインの問いにしばらく沈黙し、ゆっくりと頷いた。
「……なんだか、夢を見てたみたい。でも……動いてたの、私だけだった」
「……動いてた?」
カインは少し驚いたように目を細める。
「全部止まってた。世界が。でも、空に……歯車みたいなものが現れて、それが動き出したら、全部、また……」
ユキの言葉に、カインは腕を組んで黙り込んだ。
「……壮大すぎるなぁ。ルーツを見た中でも、ここまで明確だったのはあたしも三度目くらいよ。シアと、もう一人……そしてユキ、あんた」
「……どういう意味?」
「さぁね。あたしにも完全にはわからない。ただ……あんたが持ってる力、きっと“時間”そのものに関わってる。止めることも、動かすことも、きっとその先にあるわ」
***
一方、シアは鍛冶場にいた。
目の前でゴルグが槌を振るう。真っ赤に焼けた鉄が火花を散らし、整然と叩き出されていく。
それは、まさに「創造」だった。
──道ができ、街が生まれ、文明が築かれていった、あの光景を思い出す。
(あの光は……創るということ。再生ということ……)
その瞬間、ゴルグが口を開いた。
「……おい、ガキ。名前、なんだったか?」
「えっ……あっ、シアです!」
驚きながらも背筋を伸ばすシアに、ゴルグは静かに、それでも重い声音で言った。
「手伝え」
それは命令ではなく、問いでもなかった。
ただ、熱と重みを帯びた一つの「流れ」に、シアはうなずいていた。
──つづく。




