第31話「“想像”の、その先へ」
朝の光が差し込む食堂で、シアは手元のノートに何かを書き込んでいた。
昨日、カグヤに言われた言葉がずっと頭の中で響いている。
――過程を知らないのに、結果は出せないだろう。
「……武器を作るって、そもそもどういう工程なんだろう」
盾は、守るものというイメージでなんとなく作れてしまった。
けれど、剣となれば――切れ味、重さ、硬さ、形。全てを“具体的”に知っていなければ想像すらできない。
シアはノートを閉じると、立ち上がった。
「カインに相談してみよう」
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「鍛冶? 武器の作り方?」
カインは、香草の入った湯気の立つ茶を啜りながら、シアの話を聞いていた。
「そ、そう。剣を作るには、どういう手順で、どんな材料で、どんな想いで作るのか……知りたいんだ。想像するには、その方がいいと思って」
カインは少しだけ眉を上げると、静かに息をついた。
「悪いけど、アタシの専門じゃないわねぇ。武器を扱うことはあっても、作ることまでは知らないわ」
肩を落とすシアに、しかしカインは言葉を続ける。
「でも、ステインに聞いてみる価値はあるかもね。あの人、信頼してる鍛冶師がいたはず。紹介してもらえるかもしれないわよ」
「本当? ありがとう、カイン!」
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一方その頃、ユキは訓練場の片隅で父に頭を下げていた。
「お父さん、私の魔法……昨日、一瞬だけ、時間が止まったみたいに感じたの。あれって、何か知ってる?」
「時間が、止まった……?」
ステインは難しい顔をした。
「悪いが、俺は戦うための剣士だ。魔法に関しては門外漢だ。カインに相談してみろ。アイツなら、何か知ってるかもしれん」
「……うん。ありがとう」
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その日の夜、ステインの書斎でカインとステインが向かい合っていた。
「ユキの魔法は、私が見るわ。少し、気になるのよね」
「……頼んだ。シアの方だが、少し思うところがある」
ステインは椅子に座り直し、真剣な表情で言った。
「シアは今、自分の力の本質を掴もうとしている。盾しか作れない中で、他のものを作ろうとする……だが、作り方も知らない状態で武器を生むことに、どれだけの意味がある?」
「あなたの言いたいこと、分かるわ」
「シアには、“作るということ”の重みを知ってほしい。だから、俺の鍛冶の師匠――ゴルグに、鍛冶の現場を見せてもらおうと思う」
「相変わらず無茶を言うわね。あの頑固ジジイ、教えるってことはしないでしょう?」
「ああ、わかってる。ただ、“見せるだけ”なら、承知してくれるかもしれん」
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翌朝。
ユキはカインの部屋で、彼女の前に立っていた。
「あなたの魔法……普通じゃないわね。聞いたことも、見たこともない」
ユキは頷いた。
「ほんの一瞬だったけど、空気も、父の剣も、何もかもが止まったように感じたの。あれは一体……」
「ハッキリ言うわ。私でも分からない。でも、調べる方法はある」
カインは立ち上がると、部屋の奥の鍵を開けた。
「地下に来て。あなたの魔法の“ルーツ”を探りましょ」
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薄暗い地下の一室。魔法陣が刻まれた石の床の中央に、ユキは立たされた。
「ここに立って。これから起動させる魔法は、あなたの“魔法の源”を視るものよ。魔法そのものの性質ではなく、それがどこから来たのか……どんな思いから生まれたのか。誤解しないでね」
「……うん。分かった」
カインが呪文を唱えると、魔法陣が淡く白く輝き出す。
ユキの身体が、その光に包まれていった。
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場面は変わって、街の裏路地。
「なあ、ステイン。どこに行くのか、教えてくれないの?」
「ついて来ればわかる」
シアが困ったように笑う。
やがて辿り着いたのは、煤けた古びた鍛冶場だった。
中からは金属を打ち鳴らす音が響いている。
中に入ると、頭にタオルを巻いた一人の老人がハンマーを振るっていた。筋肉質な身体、無駄のない動き、鋭い眼光。
「師匠、今日は話をしたくて来ました」
ステインの言葉に、男は一瞥もせずに「何の用だ」と返した。
「弟子を一人、連れてきました。彼に、“剣を作るとはどういうことか”を教えていただきたい」
その言葉に、老人――ゴルグは初めて視線を上げ、シアをじっと見た。
「……教えるつもりはない。ただし、見学だけなら勝手にしろ」
ステインは深く頭を下げる。
シアは鍛冶場の熱気の中に立ちすくんでいた。
目の前で火花が散り、鉄が叩かれ、形になっていく――“作る”という行為の重みと、そこに宿る魂のようなものが、静かに彼の胸に迫っていた。
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