第30話 「模擬戦と夜の訓練」
午前の光が差し込む庭で、ユキは剣を構えていた。 向かいに立つのは、父──ステイン。 鋭い眼差しと共に、静かに構える。
「来い、ユキ」 「行きます……!」
ステインの剣が揺らめき、ユキは直感で後方へ飛ぶ。 足元に氷の魔力がまとい、ユキの体を淡く包んだ。 冷気のマントのようにそれは揺れ、彼女の動きを加速させる。 続けざまにユキは氷の柱をいくつか呼び出し、フィールドの一角を囲んだ。
ステインがすぐさまバックステップ。 追うようにユキが切りかかり、剣を合わせた。 反動を利用して再び距離を取るステインに対し、ユキは素早く氷の柱を追加で作る。 避けるステイン。だが──その先にまた一本。
「読まれたか……!」
ステインがサイドステップで柱を避けるが、ユキはなおも続けようとした。 氷の柱を作るはずの手に違和感が走る。
何かが、引っかかる。
それでも強引に魔力を流すと──柱は出ない。 代わりに、目の前の父の動きが一瞬止まった。
(……今の、なに?)
思考が揺れた瞬間、ステインが再び動き出す。 斬撃が迫る。ユキは咄嗟に剣を構えるが、弾かれ、尻もちをついた。
「──終了だ」
鋭い剣先が彼女の額先に突きつけられていた。 ステインはゆっくりと剣を引き、言った。
「今のは悪くなかった。お前の氷は、ようやく“武器”になってきた」 「……ありがとう、父さん」
しかし、ステインは“時間”が止まったことには気づいていない様子だった。 ユキは自分の両手を見つめ、小さく呟いた。
「さっきの……いったい、なんだったの……?」
* * *
そのころ、シアは家の台所で弁当の詰め作業をしていた。 カグヤとユーリが孤児院へ出かける準備をしており、弁当とお菓子の用意を任されていたのだ。 テキパキと作業を終えると、エリスとデントの休憩時間に合わせて水を用意し、井戸へと向かった。
その途中、ふとした拍子に模擬戦場が目に入る。 ユキとステインの戦い。 そして──その中で、ユキが父の動きを一瞬止めたように見えた。
(氷って、あんな使い方もできるんだ……)
思わず立ち止まり、シアは考える。
自分が作れるのは“盾”だけ。 だが、“作る”という意味なら──他のものも作れるのでは?
シアは静かに魔力を手に集め、小さなナイフを作ろうと試みる。
だが──霧のように、すぐに消えてしまった。
(形にはなりかけた……でも、脆い……)
それでも兆しはある。シアは、ひとつ深く息を吐いた。
「……やってみよう。今夜、もう少しだけ」
* * *
夜。全員が寝静まった訓練場。 シアは灯りも持たず、ひとり黙々と訓練を続けていた。 何度ナイフを形成しても、数秒で砕けてしまう。 まるで、中身が空洞のように。
そのとき、背後から聞き慣れた声が響いた。
「何やってんだよ、兄ちゃん」
カグヤだった。
「……盾以外のものを作ろうとしてた。でも、何を作っても脆いんだ。剣も、ナイフも。形は出せても、一撃で壊れる」
「そりゃそうだろ。兄ちゃん、剣なんて握ったこともねーじゃん」
「……まあ、そうだけど」
カグヤはふんと鼻を鳴らして、隣に腰を下ろした。
「盾はさ、“守るためのもの”ってイメージができてるから出せるんだよ。でも剣は? 重さとか斬れ味とか想像できてんのか?」 「……してなかった。形だけ真似た」 「だから中身がスカスカなんだよ。魔法ってのは“想像の力”なんだろ? 兄ちゃんのは特にさ」
シアは自分の手を見つめながら、黙って頷いた。
「そういや、兄ちゃんってさ。今まで魔法使えなかったよな。なんでいきなり魔法が使えるようになった時、ちゃんと使えたんだ?」 「……それは……」
シアは答えられなかった。
カグヤは淡く笑いながら、ぽんと兄の背中を叩いた。
「思いの力、想像力。それが魔法の根源だよ。……異常な力には、過剰な思いが必要なんだ。俺もそうだった」
そう言い残して、カグヤは訓練場を去っていった。
シアはその背を見送り、再び魔力を手に集める。 形だけの盾ではない、“本物”を作るために。
夜はまだ、終わらない。




