29.5話「たぶん、兄弟ってこういうこと」
「――というわけで、今日はふたりで出かけてきなさいな」
カインの提案(というより命令)で、シアとカグヤは町に出かけることになった。
「なんで急に……」 「さあねえ? でも、アンタたち、前よりちょっとよそよそしくなったでしょ?」
よそよそしい――カインのその言葉に、シアもカグヤも少しだけ言葉を詰まらせた。
訓練を共にしたこともあるし、無言が気まずい関係でもない。
けれど“兄弟”だと分かった途端、変に意識して話せなくなったのも確かだった。
「……行くか」 「うん」
二人は並んで、ゆるく街道を歩き出した。
***
街の広場を抜けて、香ばしい香りが漂う食堂通りへ。
「昼どうする? 腹減った」 「俺も。……あそこにしようぜ」
ほぼ同時に指差したのは、《焼き肉とパスタの店・ギルド亭》。
「やっぱ似てるな、腹減ったときの考え」 「肉は正義だろ」
入った店内。雑談と笑い声、そして香ばしい匂いが漂う。
注文は自然と同じ方向へ……だが、細かいところで微妙に違う。
「ローストビーフパスタ、和風ソース、レアで」 「ローストビーフパスタ、ガーリックバターで、ミディアム」
「え? レアじゃないの?」 「いや、ちゃんと焼いた方が旨いし。オイルも効いてる方がコクがあって――」
「和風のあっさりが王道だろ」 「味の主張がないだけじゃん、それ」
「あ? 味覚センスで勝負する?」 「上等だ、食ってから後悔すんなよ?」
言い合いはしているものの、どこか楽しそう。
視線を合わせながら笑うその姿は、兄弟というより、気の合う悪友のようでもあった。
***
帰り道、少しだけ距離を空けて歩くふたり。
その間には、食べ比べの結果でどちらが勝ったかという論争が静かに続いている。
「結局、お前のほうだけガーリック臭すごかったじゃん」 「和風はあっさりしすぎて、途中から印象が薄かったろ」
すれ違う人が振り返るほど小声で騒ぎながら、けれど歩幅は自然と揃っている。
少し離れた場所で見ていたユキとエリスが、そっと顔を見合わせる。
「……なにあれ、喧嘩? 仲良し?」 「どっちなんだろ。でも不思議と、見てて安心感ある」
背後から軽やかな声が届く。
「ふふっ……兄弟って、そういうもんよ」
カインがいつもの優雅な笑みを浮かべて立っていた。
「違う場所で育っても、血が繋がってても繋がってなくても。気が合ったり合わなかったり、でも気になる存在。それが兄弟ってやつなのよ」
街の夕陽に照らされて、まだ話し続けているシアとカグヤ。
「……まあ、うるさいけど。悪くない、かも」 「うん。うるさいけどね」
ユキとエリスは、やれやれと笑いながら、その背を見送った。
──つづく。




