第3話:父と母の影
──夢を見ていた。
誰かの手が伸びてくる。
優しい声。だけど、どこか切なげで、遠い。
『あなたは、きっと強くなれる。だから──』
その声が、ふっと遠ざかる。
「……シア。起きなさい、シア!」
まぶたが重い。けれど、呼ぶ声に応えるように、少年はゆっくりと瞼を開けた。
見覚えのある天井。木造りの天井板。薬草の匂い。
そして、すぐそばで心配そうに覗き込む顔。
「ユキ……?」
「よかった……! 目が覚めた……!」
目元を赤くしたユキが泣きそうな笑顔で、彼の手を握った。
傷はほとんど癒えていた。けれど、身体はひどく重かった。
「……僕、どうなったの?」
ユキは口を開こうとして、何かを言い淀んだ。
代わって答えたのは、部屋の奥から現れた長身の男だった。
「……やっと目が覚めたな、シア」
騎士団長・ステイン。ユキの父。そして、かつて世界を救った勇者パーティーのひとり。
「魔族の襲撃は、君の力で退けられた。……ただし、その代償は小さくなかった」
ステインは窓の外を見やった。瓦礫の山。焦げた建物。
街のあちこちに、襲撃の傷跡が残っていた。
「君は……覚えているか? あの時、どんな魔法を使ったか」
「……あまり、よく……」
シアは首を横に振った。
「あれは……僕の力じゃない。誰かに、力を……貸されたような……」
「そうか」
ステインの目が細められる。少しの間、沈黙が流れた。
「……シア。そろそろ君に、伝えておくべきことがある」
ステインは椅子に腰掛け、静かに語り始めた。
「君がこの家に来たのは、生まれて間もない頃だった。君の本当の両親に託されてな」
「僕の……?」
「そうだ。……君の父は、“魔王”。そして、君の母は……“勇者”だった」
時間が止まったような気がした。
「……え?」
「信じられないのは当然だ。だが事実だ。彼らは、かつて相争いながらも、最後には共に世界を救った。そして……命を懸けて君をこの世に遺した」
「な、んで……僕が……」
震える声で問いかけるシアに、ステインは答えた。
「君がもし、両方の血を継いでいるなら、いずれ“何か”が起こるだろう。……だから、君には普通の少年として、人の世界で静かに暮らしてほしかった。だが、もう……」
シアの中の力は、目覚めてしまった。
「今ならまだ、間に合うかもしれない。君の父、そして母に会いに行き、君自身の“在り方”を問うべきだ」
「でも……どこに?」
「魔界だ」
ステインの声が低く響く。
「だが、今の君では魔界へ行っても生きては帰れない。だから、ある人物に会ってもらう」
「ある人物……?」
「カイン。かつて我々と共に戦った魔道士だ。今は引退し、森の奥で研究をしている。だが、君のような存在を導けるのは、彼しかいない」
「カイン……」
「……そして、ひとつ条件がある」
ステインはユキを見た。ユキもまた、黙って頷いた。
「ユキも、君と共に行く」
「えっ……?」
「私たちにとって、お前たちはもう家族同然だ。ユキも、君の旅に同行することを強く望んでいる」
「ユキ……」
彼女は恥ずかしそうに視線を逸らして、そっぽを向いた。
「……まあ、アンタ一人じゃ危なっかしいしね」
その顔は、いつもと変わらないツンとしたものだった。けれど、声は優しかった。
シアは、布団の中で拳を握った。
(僕の力。僕の出自。全部、まだ受け止めきれてない……でも)
「僕、行くよ。カインって人のところに。そして、答えを探す」
そう言ったとき、どこか遠くで、また囁くような声がした。
──“それでいいのよ、シア。ずっと、見てるから”
修正箇所とうあれば是非教えてください
未熟ですがよろしくお願い致します