【第29話:交差する想い】
訓練場では、エリスの前に浮かぶいくつもの魔法玉が淡く輝いていた。 その周囲を歩きながら、デントが無言で手にした投擲用の短剣を構える。
「行くぞ」
その一言と共に、刃が唸りを上げて飛ぶ。エリスは息を呑み、全神経を集中させて魔法障壁を展開。投擲された短剣は見事に魔法玉の前で弾かれ、地面に突き刺さった。
「ふう……っ」
エリスは額の汗をぬぐいながら、周囲の玉を確認する。まだ全部残っている。 だが──彼女は気づいていた。これは自分が強くなったからではない。単に、デントの攻撃パターンに慣れてきただけだと。
(このままじゃ駄目……)
その瞬間。 デントの表情がわずかに変わる。次の刹那、攻撃のリズムが一変した。
「っ!? 来るの早っ──!」
矢継ぎ早に放たれる攻撃。角度も、高さも、速度もバラバラ。対応しきれず、次々と魔法玉が破裂していく。
「やば──!」
爆ぜた魔法玉の余波に煽られ、エリスは尻もちをついた。
静寂の中、デントが歩み寄ってくる。 彼は無言で右手を差し出した。
「……まだ全部壊れてないよな?」
言葉に導かれるように、エリスが視線を向けると、右後方──一本だけ、無傷の玉がふわふわと浮かんでいた。
「今日は及第点だ」
そう言ってから、デントはエリスの目をじっと見つめる。
「魔法のセンスは本物だ。速度も練度も上がってる。あとは“周り”を見ろ。そうすればもっと、戦える」
エリスは目を見開き、そして小さく頷いた。差し出された手を取り、立ち上がると、小さく「ありがとう」と呟いた。
* * *
その頃。
カグヤは今日もユーリの後を黙ってついていた。 昨日と同じような道を通ると思っていたが、途中で角を曲がった先には、見覚えのない建物があった。
「ここは……?」
「もうすぐ着くわ」
ユーリが微笑む。 数歩後、視界が開けた先に、古びた教会が姿を現す。 扉を開けて中に入ると、そこには怪我人や、痩せた子供たちが静かに過ごしていた。
「……」
カグヤは思わず足を止める。だが、ユーリは迷いなく中に入り、怪我人のもとへと歩み寄り、治癒魔法を発動させる。 温かな光が怪我を癒し、表情に安らぎが戻るのが見えた。
「今日は、見ているだけでも構わないわ」
立ちすくむカグヤに、ユーリがそう声を掛ける。
自分の“破壊”の力とは真逆の光景。 人を癒し、救う魔法。
(俺には……無理だ)
そう思いながら見ていると、ユーリは魔法だけでなく、薬草や包帯も用いて手当てをしていた。 カグヤの表情が僅かに揺れる。
「……手伝ってくれる?」
ふいに、優しい声が降ってきた。 カグヤは戸惑いながらも、頷き、一人の子どもの手当てを手伝う。ぎこちない手つきに、苦笑い。 だが──子どもたちは、そんなカグヤにも笑いかけてくれた。
手当てが一段落した頃、一人の少女が小さく礼を言った。
「……ありがとう、お兄ちゃん」
カグヤは息を飲むように目を見開き、それからゆっくりと、微笑んだ。
「……いや。俺にできることであれば」
それを見届けたユーリが、そっと微笑む。
「人の好意を素直に受け止めるのも、大切なことよ」
カグヤは少し照れたように視線を逸らしながらも、
「……どういたしまして」
と、柔らかな声で返した。




