第26話「それぞれの課題と、その奥にあるもの」
朝靄がまだ薄く残る訓練場に、今日も四人の姿が並んでいた。
デントの屋敷裏にある広大な訓練場には、木の人形や的、魔力を測るための石柱などが整然と並べられている。
「よし、今日もビシバシいくぞ!」
威勢よく声をかけるデントに、ユキが小さくため息をついた。
「……もう筋肉痛が治ってないんだけど」
「それは若さでなんとかしろ。カインもそう言ってたぞ?」
エリスはすでに魔法陣を展開し、軽くストレッチをしながら準備万端。カグヤは目を閉じて座禅の構えに入っている。
そしてシアは訓練場の中央に立ち、自らの魔力で無数の的を作り出す作業に入っていた。
「今日の訓練はこれだ!」
デントが指を鳴らすと、訓練メニューが魔導板に浮かび上がる。
シア:魔力操作の精密性を鍛えるため、訓練場内にランダムに的を出現させる。
ユキ:エリスの魔法を回避しつつ、シアが出現させた的を順番通りに破壊する。使用武器・魔法どちらでも可。
エリス:ユキの動きに合わせ、追い込むように魔法を放つ。威力は調整済み。
カグヤ:座禅を組みながら掌に鎌を乗せ、魔力吸収の柱に影響されず、自身の魔力を内側に留める制御訓練。
「じゃ、始め!」
シアが集中し、手を前にかざす。空間が揺らぎ、青白い魔力で構成された球体状の的が一つ、また一つと訓練場に浮かび上がる。
その順番も位置もランダムで、ユキにとっては瞬時の判断力が問われる訓練だった。
「来るよ、ユキちゃん!」
エリスが声をあげ、魔力弾を三連続で発射する。ユキは跳ねるようにステップしながらそれをかわし、横合いに出現した的を剣で真っ二つにした。
「っ……こんなの無理ゲーすぎ!」
「避けるのも攻撃するのも、動きの精度次第で楽になるんだよ!」
「エリス、狙いがいやらしすぎ!」
「褒め言葉〜!」
その間にもシアは的の出現を続けていたが、額には汗が浮かび、肩が小さく震えていた。
的の精密な制御には膨大な魔力と集中力が必要で、次第にその制御が乱れ始める。
一方カグヤは、座禅を組みながら掌に顕現させた鎌をじっと見つめている。周囲の魔力吸収柱が唸りを上げて魔力を引こうとするが、カグヤの身体からは一滴たりとも漏れない。
だが、その額にも、汗。
「がっ……!」
突如、シアが膝をついた。魔力の流れが乱れ、いくつかの的が爆ぜるように消えた。
「シア!」
ユキがすぐさま駆け寄ろうとするより早く、デントがシアをひょいと肩に担ぎ上げた。
「このままじゃ危ない。――地下だな」
デントは誰にも何も言わず、そのままシアを担いで訓練場裏の地下通路へと消えた。
* * *
シアの身体は、屋敷地下の一室、魔法陣が刻まれた部屋の中心にそっと横たえられた。
その瞬間、魔法陣が淡く青黒い光を放ち始める。
「ここからが……お前の本当の訓練だ」
呟いたデントは静かに扉を閉め、地上へと戻っていった。
* * *
訓練場では、三人が不安げに待っていた。デントが戻ってくると、少し表情を和らげて言った。
「……今は心配ない。ただし、あいつの訓練はちょっとばかし特殊でな。今は休憩だ。飯にしよう」
食堂で出された豪勢なランチに、ユキはフォークを握ったまま口を開いた。
「デントさん。……シアは、どこに行ったの?」
デントは少し考え、しかし包み隠さず語った。
「シアは、“魔王”と“勇者”の子供だ。そして――蝶の力も得た。つまり、あいつの中には三つの力がある」
「三つ……?」
「一つ目は、勇者の聖なる力。二つ目は、魔王の破壊の力。そして三つ目は――あの蝶から与えられた、未知の力だ」
デントは水を一口飲むと、静かに言葉を続けた。
「勇者と魔王の力は、互いを相殺し合ってた。だから適性は“生活魔法”という一番平均的なものしか出なかった。けど、蝶の力が加わって、バランスが崩れた。攻撃魔法、そして“創る”力を得た」
「創る力……」ユキが呟く。
「問題は、今あいつの中で一番強くなってるのが、蝶の力ってことだ。……それがどういうものか、俺にもわからねぇ。だから、シアには“自分の力を知る”訓練が必要だ。自分の心の、奥底まで潜る、本物の瞑想ってやつだな」
* * *
シアは深い暗闇の中にいた。
沈むように、落ちていくように、静かな、心の奥へと。
やがて、三つの光が現れる。
ひとつは優しく温かい光。
もうひとつは、鋭く激しい闇のような光。
そして最後は――言葉では形容しがたい、色彩を持たない光。角度によって青にも赤にも黄にも見える、不思議な光だった。
シアは、ただそれを見つめていた。
そして、最も奥で強く瞬いていたその光に、手を伸ばした。
光が、シアを包む。
――その瞼の裏に、新しい何かが映る。




