第24話 “訓練開始の前夜”
魔界に向かうと決めた朝、宿の一室に集まった四人の顔は、どこか決意に満ちていた。
「さて――」
静かに口を開いたのはカグヤだった。昨日、全てを語った彼の表情には迷いはなかったが、その瞳には一抹の不安が宿っていた。
「……ここから北に三日も歩けば、魔界に通じる“影獣の森”だ」
その名を聞いたエリスが身を乗り出す。
「うわ、名前からしてヤバそう……!」
「冗談で済ませられる森じゃないよ」
カグヤが続ける。
「魔界は、人間界と比べて魔力濃度が異常に高い。普通の人間なら息をするだけで酔うような場所だ。……そして、俺とシアは、蝶に選ばれた存在。魔力に敏感すぎる」
「つまり、魔界に入れば、僕たちの魔力が暴走するかもしれないってこと……?」
シアが言葉を継ぐ。カグヤは静かに頷いた。
「力を抑えきれなければ、自分自身どころか周囲を巻き込む。魔族との間にわずかな誤解が生まれれば、それは戦争の火種になる。……特に俺は、抑制に波があるからな」
カグヤの口調は淡々としていたが、責任を負う覚悟が伝わってくる。
「だから、訓練する。出発は、一ヶ月後。……この一ヶ月で、俺たちは自分の魔力を制御できるようにしないといけない」
静寂が落ちた部屋に、エリスが明るい声で応じた。
「よーしっ、それなら買い出しから始めないとね! 魔界用の保存食って、めっちゃ不味そうだけど!」
それに釣られて、ユキも笑顔を見せる。
「せめて塩だけは持っていこう。あと、非常食には甘いものも」
数日後。街の広場がざわついていた。
「なんだろう、騒がしいね……」
買い物袋を抱えたエリスが目を向けると、人々が集まる先に重装備の騎士団が列をなして帰還していた。中でも一際目立つ、大柄な赤髪の男が目を引いた。
その男は、ふとこちらに視線を向けると、エリスに歩み寄ってきた。
「おい、あんた……カインのとこの弟子か?」
「えっ?」
「随分とデカくなったな! まだあん時はガキだったもんな!」
エリスは呆気に取られたあと、目を瞬かせ、ふと思い出す。
「……あっ! デント様!?」
男はにんまりと笑い、懐から封筒を取り出す。
「晩飯のときでいい。仲間連れてここに来い。場所はそこに書いとく。ちゃんと食って来いよ!」
その日の夕方。宿の食堂に四人が集まると、エリスが先ほどの出来事を語った。
「……というわけで、今夜この屋敷に来いって。たぶん豪華なごはんが待ってると思う!」
「それってつまり、罠の可能性は……?」
「ユキちゃん、ちょっと物騒すぎない?」
「ま、でもカインの知り合いなら、大丈夫か」
シアの言葉に皆が頷き、それぞれ準備に向かった。
夜。エリスが案内した通りに向かった先には、街で最も立派な屋敷がそびえていた。
呼び鈴を鳴らすと、丁寧な口調のメイドが迎える。
「お待ちしておりました。デント様からうかがっております。どうぞ、こちらへ」
案内された部屋の中央には、長いテーブルに並べられた豪華な料理。そして、三人が戸惑う中、ひとりだけエリスがどこか楽しげに鼻歌を歌いながら席についた。
そこへ、ドアが開き、真紅の短髪を揺らす大柄な男が堂々と入ってくる。
「おう! ガキども!」
男は高らかに叫んだ。
「俺は、元勇者パーティーの盾役、デントだ!!!」
シアとユキが目を丸くする中、デントは拳を叩きつけるようにテーブルに置いた。
「ステイン、ユーリ、カインから頼まれてな、てめえらを鍛え上げることになった!!! 一ヶ月間、命がけで付き合ってもらうぜ!!!」
彼の声に、食堂の空気が震えた。
「覚悟はいいかァァァァ!!!」




