【第23話 それぞれの決意】
夜の帳が静かに街を包み始める頃、カグヤは人通りの少ない広場のベンチに腰掛けていた。頭上には月が滲んで浮かび、宙に溶け込むように瞬いている。
無言のまま空を見上げながら、カグヤは心の内に渦巻く葛藤を整理していた。
(……俺の旅の目的は、蝶の正体を知ること。そして、自分の居場所を見つけること)
運命を変える蝶。それに出会ったことで力を得たが、それは同時に村を滅ぼすきっかけともなった。あのとき、あの力さえなければ、笑い合えた人々はまだ生きていたかもしれない。
(同じ蝶に選ばれたシアといれば、何かわかる気がした。それは間違いじゃない。だが――)
彼は拳をぎゅっと握る。
(魔界に行くとなれば、問題は別だ。停戦中の今、俺のように力に波がある存在が踏み入れば、魔族を殺してしまうかもしれない……そんなことになれば、戦争の火種になりかねない)
ついていくことが、本当に正しいのか。
迷いは尽きなかった。
ふと夜風が頬をなで、カグヤは目を細めて月を仰いだ。
一方その頃、宿の一室ではエリスがベッドに寝転がっていた。天井を見つめてぼんやりしていた彼女のもとへ、窓から一羽の鳥が舞い込む。
「……ん? 手紙?」
鳥の足に結ばれていたのは、見覚えのある封蝋が押された手紙だった。
「カイン様……!」
封を切ると、そこにはカグヤに関する驚くべき事実が記されていた。
エリスは読み進めるにつれ表情を変え、最後の一文を読み終えると、手紙を胸に抱いて立ち上がった。
「行かなきゃ……っ」
そのまま勢いよく部屋を飛び出す。
夜の街。広場に続く道をカグヤが歩いていると、慌ただしく駆け寄ってくる足音が聞こえた。
「カグヤっ!」
呼ばれて振り返ると、そこには泣きそうな顔のエリスがいた。
「エリス……? どうした」
「私、知っちゃったの。カイン様からの手紙で、あなたのこと……」
エリスは肩で息をしながら言葉を紡ぐ。
「……あなた、村に預けられていたのね。そして、蝶に選ばれて力を得て、でもその力で……村を……」
カグヤは目を伏せた。
「……ああ。俺が……壊した」
「違う……あなたが壊したんじゃない。力が、制御できなかっただけ。あなたは悪くない……!」
エリスは涙をこぼしながら、カグヤの胸に飛び込んだ。
「あなたが苦しんでいたこと、ずっと知らなかった……ごめんね……っ」
カグヤの瞳が揺れる。
「……エリス」
「私は、あなたがどんな過去を持っていても、一緒に行きたい。あなたと、シアと、ユキと……ずっと一緒に」
カグヤは少しだけ目を伏せ、そして小さく頷いた。
朝。宿の食堂に4人が揃った。
緊張した空気の中、カグヤが静かに口を開く。
「……俺は、ある村に預けられて育った。けど、蝶に選ばれて覚醒した日、その力を抑えきれず……村を滅ぼした」
沈黙。
「それを知って、俺は旅に出た。蝶の目的を知るため、自分が何者なのかを知るためにな……」
エリスが頷き、一枚の手紙を取り出した。
「これは、カイン様からの手紙です。そこには……あなたのことが書かれていました」
彼女はみんなに向けて内容を語る。
「カグヤは……シアの腹違いの弟。そして、戦時中に身籠ったカグヤの母は、子どもを守るために二年もの間、無理に妊娠を維持したそうです。そして……命を落とされたと」
言葉が震える。
「……カグヤもまた、シアと同じように“選ばれた存在”。その在り方を、魔王に問うために旅に出るべきだと……私は、そう思う」
カグヤは静かに目を伏せたあと、顔を上げる。
「……ありがとう、エリス。俺は、行く。自分の過去も、力も、全部背負って……あの魔王に、俺の生き方を問いに行く」
エリスは目に涙を浮かべながら、微笑んだ。
「私も行く。二人がどんな運命に辿り着くのか……この目で、最後まで見届けたい」
強い意志が、四人の間に静かに灯った。




