第19話「わたしの中の“わたし”」
白く、静かだった。
どこまでも、空っぽで、冷たい空間。
ユキは、その中心に立っていた。
見覚えのない世界――けれど、心のどこかで知っている気がした。
ふと、前方に影が映る。
それは過去の記憶。
森の中、魔獣が咆哮するなか、シアが自分を庇って前に出る。
「ユキ、下がってて!」
魔法が炸裂する。叫び声が響く。
血の匂いが、風に混じる。
(……また、守られた)
そう思った瞬間、胸がぎゅう、と締めつけられた。
なぜだろう。悔しくて、苦しくて、たまらなかった。
「ほんと、私……全然ダメだ」
自嘲の言葉がぽつりと零れる。
その声に重なるように、もう一つ、聞き慣れない声がした。
「ダメじゃないよ。でも、ほんとは違うこと思ってるんでしょ?」
振り返ると、そこには**少女――もう一人の“ユキ”**がいた。
年端もいかない、幼い自分。
紺色の髪に、青い瞳。だけど、その表情はどこか冷めていた。
「ずっと、シアを助けてきたよね。小さい頃から。
だから、あの子は“私がいないとダメ”だって、思ってた」
子供のユキが、ゆっくりと歩み寄ってくる。
「でも今は? あの子の方が強くなって、魔法も使いこなしてる。
あの蝶に選ばれて、どんどん遠くへ行く――」
「……やめて」
「本当は、私がシアの上に立っていたいんでしょ?
守って、支えて、私がいなきゃダメにしておきたかったんだよね」
「違っ……」
否定したはずの言葉が、喉で詰まる。
心のどこかが、その言葉を肯定していた。
「私は、“特別”でいたいだけ。
あの子にとって、誰よりも――一番でいたいだけ」
子供のユキが、少し寂しそうに微笑んだ。
「ねえ、忘れたの?
シアが泣き虫だったころ、私が手を引いてあげたこと。
あの子の“ヒーロー”は、ずっと私だったんだよ」
視界が、霞む。
涙なのか、崩れゆく心の風景なのか。
「……そうだね」
ユキは、かすかに答えた。
「たぶん……私、あの頃のままでいたかったんだ」
そして、光が差し込んだ。
世界が砕け、現実が戻ってくる。
――――
「……ユキ! 大丈夫か!?」
見慣れない天井。
そして、心配そうに覗き込むシアの顔。
「……え?」
「瞑想中に、急に息が荒くなって、そのまま倒れたんだよ。
カグヤさんが運んでくれたけど……よかった、目が覚めて」
ユキは静かに身を起こす。体が重い。
「ごめん……また、迷惑かけた」
「そんなの……気にするなよ」
気遣うシアの言葉に、ユキは微かに微笑み、静かに立ち上がった。
――夜風が頬をなでる。
どこへ行くともなく、足が勝手に動いていた。
気がつけば、湖の前。月が鏡のように水面を照らしている。
ユキは、自分の両手をじっと見つめた。
「……こんなに、弱いのに」
小さな声で、呟く。
けれど――その手を、ゆっくりと、握りしめた。
「それでも、私は……」
続きはまだ言葉にならなかった。
けれど、ユキの瞳は、わずかに決意の色を帯びていた。




