第17話『凍てついた刻(とき)』
「……あれ、煙?」
森の先、空を焦がすように黒煙が上がっている。シアは眉をひそめ、風の匂いをかぐ。
「誰かが襲われてる!」
エリスが表情を引き締め、すぐに駆け出そうとする。
カグヤは静かに目を閉じ、魔力の流れを探るように口を開いた。
「……魔獣だな。二体、それもかなりの手練だ」
「分担しよう。カグヤさんとエリスは西側。僕とユキは東へ!」
頷き合い、四人はすぐに二手に分かれた。
村の東――火の粉が舞い、瓦礫に覆われた道を走る。
崩れかけた納屋の陰に、怯える住民たちの姿があった。
「ユキ、あっちの家の中を! 僕はこの人たちを!」
「うん、任せて!」
ユキが中に入ると、年老いた女性が倒れていた。
彼女を背負って表に出たその瞬間――森の方角から黒影が躍り出た。
「魔獣っ!」
全身を覆う黒い体毛、硬質な爪、凶悪な魔力の波動。
ユキが反射的に魔法を展開しようとした――が、間に合わなかった。
「ユキ、下がれっ!」
シアが飛び込み、ユキの前に盾のように立つ。
魔獣の爪がシアの脇腹を裂いた。
「シアっ!!」
「……大丈夫……少し、掠っただけ……っ」
そう言う顔は苦痛に歪み、血が服を染めていた。
ユキは拳を握りしめる。
――私の判断ミスだ。焦ったせいで、シアが……!
怒りと悔しさ、そして恐怖が混ざり合う中、魔獣が再び跳躍する。
「もう、誰も傷つけさせない――!」
ユキの両手に冷気が収束する。
だがそれはいつもと違った。
冷たさの質が、異なる。
氷が広がるだけじゃない。何か――空間そのものが「静止」する感覚。
世界が、息を潜めるような……。
「――凍て、砕けろッ!!」
氷の槍が放たれる。しかし魔獣はそれを強靭な前脚で叩き落とす。
効かなかった――そのはずだった。
だが、次の瞬間。
魔獣の動きが、止まった。
ほんの一瞬。呼吸も音もない空間で、時が“凍った”ような沈黙。
ユキ自身も驚く。
今のは――本当に、氷の魔法だった?
「下がれ!」
鋭い声とともに、カグヤが魔力の雷を叩きつける。
魔獣は悲鳴を上げて森へと逃げた。
「……なんだったんだ、今の感覚は」
カグヤが呟いたが、その目はユキの方を見ていない。
彼にも何か違和感はあったようだが、“魔獣の動きが止まった理由”までは掴めていないらしい。
夜。
シアは治療を受け、ようやく息を整えていた。
その横で、ユキは静かに湖を見つめていた。
「私の魔法、今までと……何か違ってた。
ただ冷たくて鋭いだけじゃなくて……空気が、止まった感じがした……」
掌を見つめる。そこに残るのは、確かに氷魔法の余韻。
けれど、それだけじゃない“何か”があった。
「……あれは、氷だけじゃない……なにか……違う……」
ユキの瞳が揺れる。
凍てついたその刹那を思い出しながら、彼女は自分の中に芽吹いた“何か”を見つめていた。




