第16話「薄氷のこころ」
朝靄の森。木々のざわめきの奥、静かな空間にふたりの少年が向かい合っていた。
「準備はいい? 加減はするつもりだけど、本気でいくよ」
「はい、お願いします……カグヤさん」
小さく息を吐いたシアは、足元に力を込めた。
風が巻き起こる。カグヤの手から放たれるのは、あの黒い霧。触れたものを朽ちさせる、死の魔力。
それが弧を描いてシアに迫る――が。
「……!」
霧が、弾かれた。
淡く光を宿す“盾”が、シアの前に展開されていた。魔力の結晶体。けれど、その輝きはどこか柔らかく、守る意思を宿しているようだった。
カグヤが目を細める。
「……本当に、消えないんだね。その盾」
「ええ……気づいたら、出てたんです。どうやって出したのか、僕にもわかりません」
「ふむ……再生、かな。いや、守護の力とも言えるか。あるいは、創造に近い何か、かも」
カグヤは考えるように空を仰いだ。
「普通なら、僕の魔力に触れたものは腐り落ちる。それが君の盾は、常に“壊され続けている”はずなのに……そのたびに、同じ姿で“再び現れる”。」
「それって、再生……?」
「もしかしたらね。でも、“壊れたものを戻す”というより、“壊れるたびに、同じものを創り出している”ように見えた。……まあ、推測だけど」
シアはうなずくしかなかった。実際、自分の中で“盾を出す”という意志すら明確でなかったのだから。
遠巻きに見ていたユキは、胸の奥がざわつくのを感じていた。
(また、置いていかれてる……)
模擬戦が終わるころ、ユキはその場をそっと離れた。
***
夜、湖のほとり。
ユキは氷の魔力を手に集めながら、湖面を見つめていた。掌に浮かぶ小さな氷の結晶。そこに魔力を流し込むと、結晶は冷たい光を帯びて静止する。
……いや、違う。**“止まっている”**わけではなかった。
(……これは)
凍りついた水滴の中に、一瞬前の空気の流れ、霧の揺れ、全てがそのまま“封じられている”。
(保存してる……?)
時間そのものを留めるかのような感覚。
氷の中に閉じ込められた“過去の一瞬”。
(……これって)
心が震える。
(私の氷は、ただ冷たいだけじゃない)
凍結の向こうに、“時”が見えていた。
***
朝。
エリスがにこにこと笑いながら、火を起こし、朝食の準備をしていた。
シアとカグヤは並んで薪を割っている。
「昨日の盾、すごかったよ。まるで聖具みたいだった」
「……僕自身、まだ自分の魔法がよくわかってなくて。でも、“守らなきゃ”って思った瞬間だけ、あれが出るんです」
「それはきっと、君の本質がそこにあるってことだね。……守ることが、君の力の根なんだろう」
「再生、でしょうか」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。創造の力――なんて言ったら大袈裟かもしれないけど、少なくともその盾は“諦めなかった”よ。君の意思に、反応してた」
カグヤの言葉に、シアは静かに頷いた。
そんな会話を聞きながら、ユキは焚き火の前で黙っていた。
(私にも……何か、あるのかな)
(凍らせた瞬間、感じたあの力――)
その時ふと、カインの言葉が脳裏に蘇る。
「……ユキ、お前にも“あの子”と同じ“何か”があるのかもしれないわねぇ」
(私も……?)
胸の奥で、凍っていた何かがゆっくりと動き出した。
一方、森の奥では。
黒い蝶が舞う中で、少女の姿をした“影”が、森の闇に微笑んでいた。
「――器が完成するのは、どちらでもいい。でも、選ばれるのは……私」
その顔は、ユキと同じだった。
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