第10話:灰色の火影
「シアっ!」
地面に倒れ込んだ彼の名を、ユキは叫んだ。
駆け寄る彼女の目には、不安と焦りが浮かんでいる。エリスもすぐに駆けつけ、咄嗟に周囲を見回す。
「敵……!」
まだ完全に息絶えていなかった魔物が、体を震わせながら立ち上がろうとしていた。エリスは即座に魔力を練り上げ、掌を前に突き出す。
「これ以上、邪魔しないでッ!」
蒼白い閃光が放たれ、魔物の身体に突き刺さる。激しい衝撃と共に、再び地に崩れ落ちる魔物。
エリスはすぐに膝をついてシアに顔を寄せる。
「シア、大丈夫!? 意識、戻してよ!」
ユキもすがるようにシアの手を握り、彼の名を何度も呼び続ける。
しかし次の瞬間――
「……ッ!?」
魔物の死体が、不意にびくりと動いた。もう動くはずのないその体が、呻き声と共に、再び立ち上がろうとしたのだ。
「まだ動けるの……っ!?」
だがその時だった。
刹那、風を裂くような音と共に、魔物の動きが止まった。
次の瞬間、まるで糸が切れたように、魔物の巨体がドサリと倒れる。
その背後に立っていたのは――
「……!」
灰色の髪。片目が前髪で隠れた、和服姿の少年。
黒を基調とした衣に紅い襟を纏い、焚き火の明かりにも似た橙の光に照らされたその顔には、穏やかさとどこか拭いきれない哀しさが宿っていた。
「立てるなら、ここは危ない。安全な場所まで案内するよ」
低く落ち着いた声。
ユキとエリスは一瞬ためらったが、目の前の青年に敵意がないと判断し、無言で頷いた。
…
しばらく歩いた先、森の奥にあった開けた岩場にたどり着くと、青年は手慣れた様子で焚き火の準備を始めた。
「……あんまり近づかないで」
そうぽつりと呟く。
驚いたように顔を見合わせるユキとエリスに、彼は火を見つめたまま続ける。
「君たちを信用したわけじゃない。ただ……倒れている彼を、そのまま放っておけなかっただけだ」
その声に、優しさと、決して他人と踏み込ませない壁のようなものがあった。
それでもユキが静かに立ち上がり、頭を下げる。
「助けてくれて、ありがとう。私はユキ。あっちの金髪の子はエリス。そっちで倒れてるのが、シアって名前なの」
エリスも、ぶっきらぼうに手を挙げて挨拶する。
「まあ、ありがと。さっきの魔法、見事だったわよ」
彼は一瞬だけ視線を彼女たちに向け、そしてまた焚き火に目を戻した。
「……僕の名前は、華操夜。」
火の揺らめきが、彼の伏せた瞳に静かに映った――。




