第1話:剣を握るには遠すぎて
「……生活魔法、だと?」
訓練所の静けさを破る声に、誰もが振り返った。シアの顔には戸惑いが浮かんでいた。周囲の視線も、次第に冷ややかなものへと変わっていく。
「シアくん、残念だけど……君の適性は生活魔法だけのようだね」
教官が困ったように告げた。周囲で結果を聞いていた他の訓練生たちは、少し気の毒そうな顔をする者もいれば、露骨に笑う者もいた。
「生活魔法じゃ、騎士団は無理だな……」
「最初から無理だと思ってたよ。あの優男が前線に立てるわけないし」
声にならない悔しさが喉に詰まり、シアは言い返すこともできずに立ち尽くすしかなかった。
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その日の夕方、街の外れ。人気のない森の中で、シアは木の枝を相手に剣を振っていた。
「魔法がだめでも……体を鍛えれば、きっと」
呼吸は荒く、額には汗が滲んでいる。彼は自分に言い聞かせるように剣を振り続けた。何度も転び、何度も枝に叩かれ、泥にまみれながらも、それでも足を止めようとはしなかった。
しかし、限界は静かに訪れた。魔力も体力も使い果たし、視界が揺れる。
「く……そ……」
呟いた瞬間、シアの体はふわりと崩れるように地に倒れ込んだ。
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……目の前が白い。
浮遊感。音も、痛みも、重力さえもない。夢の中にいるような、不思議な感覚。
「――」
何かが近づいてくる気配。目を凝らすと、淡く光るステンドグラスのような黒い蝶が、静かに宙を舞っていた。
その蝶は、どこか懐かしい優しさと同時に、背筋が凍るような禍々しさを漂わせていた。だが、シアは恐れなかった。むしろ、その蝶が自分を受け入れてくれるような気がして――
蝶は、彼の胸元にそっと止まった。
その瞬間、何かが彼の体内に流れ込む感覚があった。火、水、風、雷、氷、闇、光……七つの魔力が一斉に芽吹くように彼の中で目覚めていく。
けれど、シア自身はその変化を認識することはなかった。ただ、白い夢の中で、温かな何かに包まれているような心地で、深い眠りへと落ちていった。
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風が葉を揺らし、鳥がさえずる音でシアは目を覚ました。
「……あれ、俺……寝てた?」
体の痛みも、疲れも、妙に軽い。だが、彼はまだ何も気づいていない。
この日、少年の中に宿った“異質な力”が、彼の運命を大きく変えていくとは、誰も知らなかった
──つづく。
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