第九話 ゲームだと考えてみたら?
石のベンチに一人腰掛け、レインは無意識に、その凸凹した表面を指でなぞっていた。
ここで、リリアは彼の小指を取って、「絶対に会いに来てね」と真剣な表情で約束を求めたんだ。
灰色の空を見上げながら、苦い笑みが零れる。何かを考えるように、静かに目を細めている。
庭に吊るされた風鈴が風に揺られ、その澄んだ音色が、むしろ静寂を際立たせていた。
突如として、冷たい声が朝の静けさを引き裂いた。蛇の舌が耳を舐めるような、不快な響きだった。
「なんと感動的な兄妹愛でしょう...」
その声には、明らかな嘲りが含まれていた。
「大切な妹を守りたかったんじゃなかったのかな?」
レインの指が石の表面を強く掴む。力が入りすぎて、その関節が白く浮かぶ。
「哀れなレインよ。何ができると思っているの?」
その声は、レインの心の底に潜む恐れを覗き込むかのようだった。
「フレッドがどれほど遠いか、分かっているのかしら?そして、オースティンは今、反乱の炎に包まれている」
「おのれの姿を見てごらんなさい」
声は囁きに変わり、だが、その一言一句が心を刺し貫いていく。
「最も基本的な魔法すら使えない凡人。そして、リリアは...ああ、あの才能溢れる少女。彼女は星のように輝く運命にある。あなたは?ただの塵に過ぎない」
その声は、レインの心の防壁を一枚一枚、残酷に剥がしていくようだった。最も深い恐れを、容赦なく暴き出して。
「時が全てを証明するわ、レイン」
「距離は引き離していく」
「その溝は、日に日に深くなっていく」
「いつか、彼女の背中すら、追えなくなるの...」
「彼女をりたいのに、守れない」
「自分すら守れないあなたに、何ができるというの?」
「あなたは、弱すぎる」
「フレッドまで、自分の力だけではたどり着くことすらできない」
その言葉は、事実という刃となって、レインの心を切り裂いていく。
レインの瞳孔が開いていく。唇が震え、かすれた声で「やめて...」と漏らした。
前世での記憶が蘇る。妹との関係が変わってしまった、あの別れの日から全てが始まった。
「もう...二度と...」
歯を食いしばって呟く声には、悔しさが滲んでいた。前世のように、他人のように疎遠になるなんて。今度こそは、兄として、妹の傍にいたい。
冷や汗が服を濡らしていくのも気付かない、あの痛みの記憶が、刃となって心を抉っていく。
その時、声のトーンが一変した。まるで恋人が囁くような、甘美な響きに変わる。
「手を貸してあげられる、レイン...力をあげる。永遠に彼女の側にいられるように...」
レインは突然顔を上げた。瞳に光が宿る。
この提案に潜む危険性を、理性は必死に警告していた。しかし、妹を失うことへの恐れが、全てを押し流していく。
「ただ、承諾してくれれば...」
その声は優しく、レインの心を誘うように響いた。
「承諾する!」
その瞬間、温かく強大な力が体内へと流れ込んできた。春の日差しのように柔らかで、けれど抗いようのない力を秘めている。
「本源力の連結完了」
レインは思わず周囲を見回した。庭には風が葉を揺らす音と、遠くから聞こえる鳥の声しかない。
「今、何て?どういう意味なんだ?」
彼は空気に向かって問いかけた。声には戸惑いと警戒が混ざっている。
温かな力が体内を巡り続けている。だが、その感覚を言葉で言い表すことができない。測り知れない深さを秘めている。
神秘的な声が意味深な冷笑を漏らした。その笑みには、彼の無知への嘲りと、何かを悟ったような諦めが混ざっている。
「私の力は、あなたにとっては強すぎるわ。一度では受け止められない」
「じゃあ、私はどうすれば?」
レインは拳を握りしめた。未知なる存在を前にしても、その声は冷静さを失わない。
「あなたが一番理解しやすい方法で、力を受け入れられるよう手助けしてあげる。そうね...ゲームだと考えてみたら?」
その声には、どこか面白がるような響きが混ざっていた。
「ゲーム、だって?」
レインは眉を寄せた。
木漏れ日が彼の表情を照らし、考え込む顔に斑模様の影を落としている。
目を閉じ、前世でプレイしたゲームを思い出そうとした瞬間。意識の中で何かが軽く弾けたような感覚。
そして突然、半透明なインターフェースが彼の目の前に浮かび上がった。
淡い青光を放つインターフェースには、二つのパネルが並んでいた。
基本ステータスとボーナスステータス。その洗練された設計は、彼が前世でプレイしたRPGを彷彿とさせる。
【ステータス1】
名前:レイン
レベル:10
魔力適性:F(無適性)
【能力値】
生命力: 8 ▸ HPの上昇値に影響
精神力:23 ▸ FPの上昇値に影響
持久力: 5 ▸ スタミナの上昇値に影響
筋 力: 3 ▸ 物理攻撃力・防御力に影響
技 量:19 ▸ 詠唱速度・敏捷・武器技量に影響
知 力:24 ▸ 魔法威力に影響
感 知:10 ▸ 状態異常付与・発見力に影響
【習得技能】
なし
【特記事項】
・魔力適性Fにより魔法の使用が制限される
基本ステータスパネルのすぐ横に、もう一つのパネルが浮かんでいた。
「ボーナスステータス」という文字が、淡い光を放っている。
【ステータス2】
【能力値】
生命力:5 ▸ HPの上昇値に影響
精神力:5 ▸ FPの上昇値に影響
持久力:5 ▸ スタミナの上昇値に影響
筋 力:5 ▸ 物理攻撃力・防御力に影響
技 量:5 ▸ 詠唱速度・武器技量に影響
知 力:5 ▸ 魔法威力に影響
感 知:5 ▸ 状態異常付与・発見力に影響
【習得技能】
・鑑定(アイテムや対象の情報を読み取る)
・危険感知(周囲の危険を察知する)
【特記事項】
特殊補正のある技能の威力を高める