第四話 天才の誕生
「シルフィード家?魔力のない跡取りが出た貴族だよね?」
「今年は末の娘に望みを託しているとか...」
ささやき声が次々と重なっていく。容赦ない囁きが教会中に広がっていった。
レインは拳を固く握り、祭壇へ向かうリリアの小さな姿を見守った。今日のために選んだ淡い色の絹のドレスは、彼女を朝露に濡れた雛菊のように見せていた。
リリアは両手を水晶に置いた。最初は、何も起こらなかった。ソフィア司教の優しい表情が固くなり、小さな溜息と共に、次の人を呼ぼうとした。
その時、水晶の中心が突如として輝きを放ち始めた。
最初は清らかな白。次いで燃え上がる炎の赤、生命の息吹を感じさせる翠緑、海のような青、大地を思わせる黄土色、眩い黄金色、神秘的な紫色...。
七色の光が万華鏡のように水晶の中で交錯し、やがて誰も見たことのない色へと融合していった。
それは、まるで星空のような漆黒。だがその暗闇は死のそれではなく、無数の色とりどりの光が瞬く、生命に満ちた闇だった。
教会は静まり返った。先ほどまでの私語は消え、誰もが息を呑んでいた。
グレースの魔法モノクルが床に落ちる音が響いたが、誰も気付かない。彼女の指が震えながら水晶を指し示す。
「こ、これは...これは...」言葉を詰まらせた。
「カ、カオス属性...」
ヴィクター教授が足を踏み外しそうになりながら後ずさった。老教授の顔が驚愕で歪む。
クロード騎士が突然立ち上がった。椅子が床に倒れる音が、静まり返った聖堂に鋭く響き渡る。
周囲の人たちは呆然としていた。大きく口を開けたまま固まる者、目を擦って夢かと疑う者。
普段は威厳に満ちた貴族の若様たちさえ、今は作法など忘れ、驚愕の表情を隠そうともしなかった。
祭壇の上のリリアは、ただ困惑の表情を浮かべていた。何が起きているのか分からず、兄の方を振り返る。
レインは何かを伝えようと唇を動かしたものの、言葉にはならなかった。
「奇跡だ...これこそ真の奇跡だ!」
ヴィクター教授は興奮のあまり全身を震わせながら叫んだ。
「お嬢さん、これが何を意味するか分かりますか?あなたはあらゆる属性の魔法を、制限なく操れるのです!」
モノクルのことなど既に頭にないグレースが祭壇へと駆け寄り、興奮で裏返った声を上げた。
「リリア!どうか私を師として!魔法の奥義をお教えさせていただきたく...」
「いいえ、王立魔法学院こそが彼女にふさわしい場所です!」
ヴィクター教授が、グレースの言葉を遮るように声を上げた。
その言葉に、クロード騎士はただ立ち尽くしたまま、言葉を失っていた。
議論が白熱する中、ソフィア司教が突如として厳かに手を掲げた。その仕草一つで、聖堂内の喧騒は水を打ったように静まり返る。
彼女はリリアの目をまっすぐに見つめ、静かに問いかけた。
「あなたには何が見えているの?」
リリアは首を傾げて考え込むと、無邪気な笑顔を浮かべて答えた。
「たくさんの色が見えるの。きれいな色がいっぱい、踊ってる!」
レインは人々に囲まれた妹の姿を呆然と見つめていた。喜び、不安、誇り、恐れ...相反する感情が胸の中で渦を巻く。
けれども最後には、安堵の微笑みが彼の唇を柔らかく彩った。
聖堂のステンドグラスを通り抜けた光が、リリアの姿を優しく包み込んでいた。
色とりどりの光に照らされた少女の周りで、誰もが気付かぬうちに、新たな物語の幕が静かに上がり始めていた。