表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/68

第十七話 特別な朝ご飯

「明日でいいか?」


 レインは切迫した様子で尋ねた。リリアとの約束から一年...あれから一ヶ月が経とうとしていた。もう、これ以上の遅れは望まなかった。


「本当にリリアのことが気になるんだな」


 チャールズは目尾に笑みを浮かべ、からかうように言った。


 灯りに照らされたレインの顔が、一瞬にして朱に染まる。彼は恥ずかしさを隠すように俯いたが、その口端には思わず温かな微笑みが浮かんでいた。


「では、召使いたちに荷物の準備をさせて、明朝には見送りができるようにしましょう」


 カロリン夫人の優雅な声音には、かすかな名残惜しさが混じっていた。


 チャールズは妻を一瞥し、小さく溜め息をつくと、書斎の引き出しから一通の手紙を取り出した。


「これを大切に持っておけ」


 彼は手紙をレインに手渡した。


「冒険者として登録する時に、大いに役立つはずだ」


「冒険者ギルド...ですか?」


 レインは手紙を受け取りながら、少し戸惑った様子を見せた。その言葉は彼にとって馴染み深いものであったが、この世界では初めて耳にする言葉だった。


 燭光がチャールズの凛とした横顔を照らす。


「外の世界には数えきれないほどの物事がある。一度に全てを説明するのは難しい。冒険者ギルドに加入することが、外の世界を知る最良の方法だ」


「はい、父上。承知いたしました」


「もう用は済んだ。部屋に戻って準備をするといい」


「かしこまりました」


 レインは両親に礼をして、静かに書斎の扉を閉めた。


 廊下の向こうでレインの足音が完全に消えるまで待って、チャールズはカロリンの方を振り向いた。その目には深い謝意が浮かんでいた。


「すまない...レインとリリアには普通の生活を送らせると約束したのに」


 カロリンは静かに首を振った。窓から差し込む月光が、彼女に柔らかな銀色の輝きを纏わせている。


「あなたのせいではありません。二人の未来は、私たちには決められないものなのです」


 突然、カロリン夫人のいつもの穏やかな雰囲気が消え失せ、代わりに神秘的な威圧感が漂い始めた。彼女の瞳から不思議な紫の光が放たれ、その声は俗世を超越した予言のような響きを帯びていた。


「二人の未来は...彼ら自身にさえ、決められないものなのです...」


 .....


 夜明け前の屋敷は、まだ灰色の靄に包まれていた。しかしレインはすでに目覚めており、胸の高鳴りが彼の眠りを妨げていた。


 昨夜の荷造りで気づいたのは、意外なほど必要な荷物が少ないということだった。

 魔法の勉強用の本を除けば、特に必須なものはない。ただ、一振りの使い慣れた武器だけは欠かせないものだった。


(父上の地下室には魔法武器がたくさんあるし、一つくらいなら...)


 レインはそう考えながら、丁寧に服を整えた。


 扉を開けた瞬間、サラの丁重な声が聞こえてきた。

「おはようございます、レイン様」


「ああ...おはよう、サラ」

 廊下ですでに忙しそうに動き回る使用人たちを見て、レインは思わずため息をつく。

「みんな、早いんだね...」


「私どもの務めでございます」

 サラは軽く会釈をして、「失礼いたします」と言い残して去っていった。


「そうか...」


 食堂では、チャールズがすでにテーブルについており、片手に手紙を、もう片手に優雅に紅茶を持っていた。カロリンは女中たちと楽しげに話をしており、上機嫌そうだった。


「おはよう...」

 チャールズは顔も上げず、目は手紙から離れることなく挨拶を返した。


 夫の素っ気ない態度とは対照的に、カロリンはレインを見るなり、目を輝かせた。彼女は息子の元へ駆け寄り、両腕で強く抱きしめた。

「レイン、今日も早起きね!」


「今日は、みんな早いみたいだね...」

 レインは母親の温かな腕の中で、苦笑いを浮かべた。


 朝日がついに雲を突き抜け、大きな窗から食堂に差し込み、この温かな光景を金色に染め上げた。いつもの朝が、別れを前にして、一層愛おしく感じられた。


「だってレインが旅立つ日だもの」

 カロリンは眉を寄せ、寂しさと誇らしさの入り混じった声で続けた。

「ママは寂しいけど...レインの決意を誇りに思うわ...」


 彼女は優しくレインの髪を撫でた。

「二人とも、お互いのことをちゃんと気にかけてあげてね。そうでないと心配で仕方ないわ」


「ご心配なく、母上」

 レインは力強く答えた。

「僕が自分とリリアの面倒を見ます。リリアだって自分のことはちゃんとできますから」


「そう言ってくれると安心するわ...」

 カロリンの目が輝いた。

「そうそう!ママがたくさん準備したものがあるのよ!」


 レインは母親が指さす方向を見て、思わず固まってしまった。衣服や薬水、書物、素材など、まるで小山のような荷物が食堂の一角を占めていた。

「これは...多すぎませんか? 持ち運びが大変になりそうです...」


「何が大変なのよ?」

 カロリンは軽く笑うと、スカートのポケットから深紅の指輪を取り出した。彼女の仕草に合わせ、山積みの荷物が幻のように消え、瞬く間に指輪に吸い込まれていった。


「はい、この空間指輪をレインにあげるよ」

 息子に指輪を渡しながら。

「中の空間はあなたの部屋くらいの広さがあるの。ママがマルス王国の金貨3枚も出して買ったのよ」


(金貨3枚!?15万リラにもなる...)

 レインは心の中で驚きを隠せなかった。


 領主の家に生まれ、シルフィードという名門の姓を持っていても、金貨で値段の付く品物を見ることは稀だった。

 普段使うのは専らリラや銅貨ばかり。これもチャールズの家庭教育の賜物だった——他の貴族と比べ、シルフィード家の生活は質素なものだったのだ。


 レインは手の中で深紅の輝きを放つ指輪を見つめ、その中に宿る魔力の波動を感じ取った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ