表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/68

第十四話 祝福と付与魔術

「もう十分だ」


 チャールズの声が響く直前、その動きは目にも留まらぬ速さだった。木刀の柄が正確にレインの手首を打つ。鋭い痛みと共に、レインの木刀が宙を舞う。


「痛っ......」

 痺れる手首を擦りながら、レインは苦痛に顔を歪める。

(やっぱり、簡単にやられてしまったか......これが能力値の差なのか)


 しかし、先ほどの戦いを振り返ると、まだ信じられない思いだった。あの木を打ち抜いた時の偶然とは違う。戦いの中で感じた滑らかな戦闘本能、体内を巡る暖かな力、そして直感的な戦闘センス。


 チャールズは思案げにレインを見つめる。

「お前、こっそり鍛錬でもしていたのか?今の動きは、戦闘経験のない者のものとは思えない」


 レインは一瞬、躊躇う。

 神秘的な力を得たことを父に話すべきか?

 しかし何かが、今はその秘密を明かすべきではないと告げていた。予測できない事態を招くかもしれない。


「実は、市場で見かけた放浪者から少し教わっていて......」

 レインは、できるだけ自然に聞こえるよう努めた。


 チャールズの目が揺れる。息子の嘘を見抜いていることは明らかだった。だが、その嘘を暴くことはしなかった。誰にでも、守るべき秘密があることを理解していたのかもしれない。


「わかった」

 チャールズはレインの肩を軽く叩く。

「これからは剣術を教えよう。それに、家に伝わる付与魔術と秘術もな」


 地下室の魔法水晶が、静かな輝きを取り戻していった。


 長い廊下を抜けると、チャールズはレインを別の部屋へと導いた。複雑な紋様が刻まれた重厚な木戸を開くと、広々とした円形の空間が姿を現した。


 白い大理石で築かれた壁には、微かに魔法の痕跡が浮かび上がる。床は黒みがかった花崗岩が敷き詰められ、鏡のように人影を映していた。


 部屋の中央には等身大の女性像が佇んでいた。超然とした気品を漂わせるその像は、天使のような繊細な表情を湛え、なびく長い衣をまとい、優美な姿をしていた。

 右手を天に掲げ、左手を胸元に添えたその姿は、永遠の讃歌を詠うかのよう。台座には複雑な魔法陣が刻まれていた。


「こちらへ。像の前に立つんだ」

 チャールズが声をかける。

「心を空っぽにして、何も考えないように」


 レインは頷き、像の前へと進む。この美しすぎる彫像を最後にもう一度見つめ、深く息を吸って目を閉じた。


 チャールズの声が空間に響く。

「偉大なるミカエル・シルフィード女神よ。正義と勇気の化身たる御方。凡人として魔法をもって闇を払い、シルフィード家を光明へと導きし御方。どうか我が息子レインにあなたの加護を。あなたの叡智が彼を正しき道へと導き、心の曇りを清めんことを。私たちは敬虔なる想いであなたの慈悲と恩寵を仰ぎます」


 祈りの言葉が終わると同時に、床の魔法陣が淡い光を放ち始めた。

 蛍のような光の粒子が舞い上がり、空中で渦を巻き、やがてレインの胸元へと集まり、ゆっくりと体内へと溶け込んでいく。


 温かな流れがレインの体内を巡り、先ほどの戦いで感じた疲れや痛みが消えていく。体が軽くなり、新たな力が満ちてくるのを感じた。


(すごい......)

 レインが心の中で感嘆する。


 すぐさま、システムの通知が脳裏に響く。

『スキル「ミカエルの加護」を獲得。このスキルを使用することで、一定時間、魂石から魔力を引き出し、魔法を使用することが可能になります』


 最後の光が消えると、魔法陣の輝きも徐々に薄れていった。神聖な儀式は、静寂の中で幕を閉じた。


 その後、数本の廊下を通り抜け、チャールズはレインをやや小ぶりな部屋へと案内した。

 黒い鉄扉を開くと、金属と革と羊皮紙の混ざった独特な匂いが漂ってきた。


 薄暗い室内を青白く照らすのは、数基の魔法燭台の光のみ。漆黒に塗られた壁には、様々な武具が掛けられていた。

 普通の長剑から微かな輝きを放つ魔法武器まで、実に多様な品々が並ぶ。部屋の隅では漆黒の甲冑が佇み、薄闇の中で冷たい金属光沢を放っていた。


 壁際の本棚には古い書物が所狭しと並び、背表紙の金箔文字が微かに確認できる。

 一角には黒曜石で作られた見事な付与台が置かれ、その表面には複雑な魔法の紋様が刻まれ、周囲には様々な付与材料と道具が配されていた。


 この空間で、チャールズはレインに付与魔術の神髄を説き始めた。

「魔法の本質とは、世界の根源たる力——魔力を操ることだ。付与魔術は、その力を物に宿し、超常の能力を与える術なのだ」


 薄暗い部屋に彼の声が響く。

「これは高度な魔術技法でな。深い魔法の知識と豊富な実践経験が必要となる。通常、生まれながらに魔力を持ち、それを操れる者だけが使える術だが、我々は例外なのだ」


 チャールズは付与台の前に立ち、説明を続けた。

「付与魔術では、魂石から魔力を引き出し、対象となる物へと導く。そして物の中で、特定の構造と法則を組み立てていく。まるで積み木を組み立てるようにな」


「この過程は複雑だ。付与師は魔力を精密に制御し、物と完全に融合させねばならない。そうして初めて付与は成功し、物は新たな魔法特性を得る。少しでも間違えれば、付与は失敗し、物自体が壊れることもある。」

「だが、この技術を使いこなせるようになれば、驚くべき魔法の道具を生み出すことができるのだ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ