第十三話 初めての練習
「受け取れ!」
チャールズの声が響き渡る。木製の影が空中を弧を描いて飛んだ。
レインは反射的に手を伸ばし、それを受け止めた。手に馴染む上質な木剣。刃には無数の訓練の痕跡が刻まれていた。
「父さん、これは...?」
レインが木剣を回しながら問いかける。
チャールズの眼差しが鋭くなった。
「お前が旅立つまでの間に、シルフィード家の剣術と付与魔術を伝授しよう」
一呼吸置いて、
「そして、我が家の秘術もな」
「さあ、その木剣で攻撃してみろ。全力でだ」
チャールズが一歩前に出る。軽く手を振った瞬間、地下室全体に目に見えない重圧が満ちた。レインの血が震え、呼吸さえ困難になる。
「今のお前の実力と、フレドへの覚悟を見せてもらおう」
チャールズは息子の現在の実力に大きな期待はしていなかった。これまで普通の子として育て、特別な訓練は一切施していない。
今、彼が見たいのは息子の決意と精神力——これから始まる厳しい訓練の礎となるものだった。
レインは深く息を吸い、剣の柄を両手で握り締める。
まるで本能に導かれるように、自然と戦闘態勢を取っていた——右足を引き、重心を下げ、木剣を胸の前で水平に構える。
チャールズの目が輝きを増した。明らかに息子の姿に驚きの色が浮かぶ。
その時、レインは何かを思い出した。瞳を細める。
『スキル発動:鑑定』
次の瞬間、チャールズのステータスパネルがレインの視界に広がった。父の真の実力を見るのは初めて——心臓の鼓動が加速する。
【ステータス】
名前:チャールズ
レベル:26
魔力適性:F(無適性)
【能力値】
生命力: 26
精神力:15
持久力:27
筋力: 25
技量:28
知力:13
感知:29
【習得技能】
「瞬閃突き」「大地裂破」「四方斬り」「円舞剣」「剣刃乱舞」「剣技『高山流水』」……
【特記事項】
・魔力適性Fにより魔法の使用が制限される
レインは父のステータスパネルを凝視し、その数値に心が震えた。
(すごい強さだ......でも、魔力ランクは僕と同じFか......)
その発見に、特別な驚きはなかった。先ほど父が語ったように、シルフィード家は代々魔力が低く、リリアだけが例外だという。
しかし、魔力はFランクでも、他の能力値は想像を遥かに超えていた。
木剣を握る手が微かに震え、眉間に皺が寄る。
(このまま突っ込んでも、こてんぱんにやられるだけだろう......)
チャールズは息子の躊躇いを見逃さなかった。声が一転、厳しく響く。
「どうした?なぜ攻撃しない?勝ち目がないと思ったか?」
一歩前進する父。威圧感が更に増す。
「もし、お前の目の前にいるのが私ではなく、敵だったらどうする?」
「敵が強いからと言って、怯むのか?」
チャールズの言葉が地下室に響き渡り、一言一言がレインの心に重く突き刺さる。
「今ここで敵に立ち向かわなければ、その敵は他人を、あるいはリリアを傷つけることになる」
最後の一言が、レインの心の琴線に触れた。
瞳の色が変わる。
躊躇いも迷いも消え失せ、代わりに今までに見たことのない強い決意が宿る。
木剣を握る手に、更なる力が込められた。
次の瞬間、レインの姿が疾風となって飛んだ。
稲妻のような速さで繰り出される一撃。木剣が空気を切り裂き、鋭い光を描く。
床の魔法陣が彼の動きに呼応するように輝き、決意に満ちた表情を浮かび上がらせる。
チャールズの目に驚きの色が走った。
(この速さは......予想以上だ)
特別な訓練を受けていない息子が、ここまでの瞬発力を見せるとは。確かな才能の証だった。
地下室の空気が一変する。魔法水晶の輝きが揺らめき、父子の戦いに厳かな空気を纏わせていく。
木剣が鋭い弧を描き、チャールズの喉元を狙う。技こそ粗いが、その速度と力は予想を遥かに超えていた。
チャールズは軽やかに身を翻し、一撃をかわす。目に喜色が浮かぶ。だがレインの攻めは止まらない。まるで本能に導かれるように、息つく間もない連撃を繰り出す。
左からの斜め切り、右への薙ぎ払い、下から突き上げる一撃——動きこそぎこちないが、攻める角度は鋭く、隙を突く。
チャールズは息子の攻撃を軽々とさばきながら、その変化を観察していた。表情が喜びから驚きへと変わっていく。
(これは......訓練を受けていない者の戦闘本能とは思えない)
レインの一振り一振りが冴えわたる。次第に、体内に暖かな力の流れを感じ始める。
剣を振るうたびにその感覚は強まり、動きは滑らかに、反応は鋭くなっていく。
「ドン!」
木剣と木剣が激突する重い音が響く。チャールズが半歩後退し、目に信じられない色を浮かべる。
息子の姿は、完全に想定を超えていた。戦いの中で高まっていく気迫、直感的とも言える戦闘センス......
魔法水晶が、この異常な戦いを感じ取ったかのように明滅を繰り返し、父子の姿に揺れる光と影を投げかける。
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