第十話 不思議な力
見覚えのあるステータス名を眺めながら、レインは苦笑いを浮かべた。
この数値の配分は、まさにリリアそのものだ。高い精神力と知力。そして対照的に低い身体能力。
「この二つのパネルには、どんな違いがあるんですか?」
彼は小声で問いかけた。視線は二つのパネルを行き来している。
「基本パネルに表示されているのは......リリアから受け継いだ力の源。これはリリアの成長に応じてのみ......変化する。他の要因では......変動しない」
神秘的な声がノイズ混じりに響く。まるで電波の悪いラジオのように途切れ途切れだ。
「ボーナスパネルの力は......私から与えられた部分。訓練で......高められる。そうすれば......私の力を、もっと......受け入れられるように......」
その声は次第に遠ざかっていくように弱まり、微かな電気ノイズが混ざり始めた。
「私の力が......もう限界。これ以上は......話せない。残りは......自分で探して。リリアを......守るのよ......さもないと......死ぬ。それに......もう元の世界には......戻れ......ない......」
最後の言葉が風に溶けていき、世界は静寂を取り戻した。遠くで鳥のさえずりと木々のざわめきだけが、変わらず続いている。
レインはその場に立ち尽くしていた。その声が自分が転生したことを知っていたことに、強い衝撃を受けていた。
しばらくの間、今起きたことを頭の中で整理する。
ステータスパネルを改めて見つめながら、次々と浮かぶ疑問。
基本パネルはリリアの実際の能力値をそのまま反映しているのか?それとも何か違いがあるのか?
ボーナスパネルは鍛錬で上げられるという。でも、どうやって?どのくらいの速さで成長するのだろう?
スキル欄には、わずかなスキルしか表示されていない。新しいスキルを習得するには、どうすればいいのだろうか?
「まるでゲームのようなシステムで力を理解しろということか...」
レインは呟いた。ステータスの名前すら、前世で慣れ親しんだゲームそのままだ。
良いところは、リリアを守る力を手に入れたこと。
悪いところは、この力の危険性が未知数であることと、自分の正体を知る誰かに監視されているかもしれないという事実。
その場に立ち、体内を流れる新しい力を感じる。陽の光は相変わらず暖かく、風は心地よい。でも、全てが少し違って見えた。
世界の見え方が、確実に変わっていた。
近くの古びた樫の木に視線を向ける。太い幹には歳月の痕が刻まれていた。
レインは深く息を吸い、格闘の構えを取った。
「お前で試させてもらおう」
低く呟く。
拳が空気を切り裂き、樹幹に叩きつけられる。その瞬間、体内から力が溢れ出し、腕を伝って拳へと集中した。
「ドン!」
鈍い音とともに、樫の木の幹に大きな穴が開いた。木屑が飛び散り、年輪が露わになった深い傷。その最深部は幹を貫通しかけていた。
信じられないという表情で、レインは自分の拳を見つめた。傷一つない。痛みすら感じない。
以前の自分には、到底できなかったはずの一撃。
驚きに浸っていた その時、パネルが光った:
「筋力+1(筋力:6)」
その表示を見て、レインの口元が自然とほころんだ。
こんなシンプルな成長システム。どこか懐かしく、安心できる仕組みだった。
レインは空を見上げた。木漏れ日が彼の顔に斑模様を描き出す。この瞬間、無限の可能性が開けているように感じられた。
3年前に忘れかけていた初心が、静かに、しかし確かに よみがえってきた。
土と草の香りを運ぶ風が頬を撫でる。
深く息を吸いながら、この神秘的なシステムをどう活用するか考え始めた。未知の危険は確かにある。でも今は、希望の光が見えていた。
.....
「えぇぇぇ......庭の木が!誰がこんなことを!?」
庭の手入れをしていたメイドの悲鳴が響き渡る。
「し、しまった...」
実験の証拠を残してしまったことに気付き、レインは冷や汗が流れる。
.....
部屋に戻ったレインは、フレドへの旅の計画を練り始めていた。
書き机に向かい、開かれた地図の上を指先でなぞる。
「本当に、一人旅か...」
独り言を呟きながら、部屋の中を見渡す。慣れ親しんだ景色が、今日は少し違って見えた。
フレドへ向かう力も、自信も、今の彼にはある。旅の途中で更に強くなれる可能性すらあった。
リリアを守ること。それは彼自身の願いであり、そして不思議な力を与えた何者かの意志でもあるようだ。
その上、この力の一部はリリアから来ているのだ。
だから彼女の元へ行きたい。いや、行かなければならない。
リリアを取り巻く謎。周りの全てが彼女を中心に回っているようで、自分もその渦中にいる。
だが兄として、妹を守り、その笑顔のために力を尽くす気持ちは、少しも変わっていなかった。
「距離で関係が疎遠になることも、力の差で離れていくことも...」
レインは固く握り締めた手を見つめた。
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