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第9話


 その日は生憎の曇り空だった。

 

 ユリフィスにとって、因縁深い帝都を出る記念すべき日。

 人知れず二頭の馬に引かれた大きな馬車が帝都の中を走り抜けていた。


 総勢十数名の騎士達が馬に乗り、並走する。


 物々しい一団の姿に帝都に住む民の視線が集中していた。


 馬車の中で、身体が僅かに沈み込む程の柔らかい座席に座った帝国第三皇子ユリフィスは、まだ慣れない片眼鏡(モノクル)越しに窓の外の景色を眺めながら心の中で嗤った。


 全て上手く行ったと。


 宰相の協力を取り付けた事で帝都脱出の準備を整える事ができた。大切な婚約者は旅に同行して今も対面の席に座っている。


 そして宰相の隠し子である地妖精族と人族のハーフであるマリーベルは、メイドとして手元に置く事に成功し、第二皇子アーネスへは布石を打った。


「……うー、この服可愛いけど下すぅすぅして落ち着かない~!」


「……次期に慣れるさ。よく似合ってる」


「あ、ありがと……」


 頬を赤らめながらメイド服のスカート丈を気にする褐色肌の美少女にユリフィスは頬を緩める。


 マリーベルは宰相の隠し子というだけではなく、ゲーム上で主人公であるア―クヴァイン王国第一王子のパーティメンバーとなる。


 つまり物語上のヒロインの一人というわけだ。


 本来、彼女はラスボスとなったユリフィスを倒しに来る人物だが、それを見越して今から仲間にしておこうというのが彼の隠された思惑だった。


 彼女自身も、孤児院を運営していくためのお金を真っ当に稼ぎたいと考えていたため、双方の望みを叶えた結果がメイドとして傍に置くというものである。


 ただ彼女にメイド服を着せてみたいという前世の自分に引っ張られた願望などではないと断言しておく。


 ちなみにマリーベルは現在十三歳とユリフィスより年齢は一つ下だ。

 容姿はどちらかと言えば美しいというより可愛いという言葉が良く似合う。


 溌剌そうな大きな眼と小動物のような小ぶりな鼻。


 コロコロ変わる天真爛漫な表情は子供相応で、笑顔は太陽のように周りを照らす。

 健康的で程よく引き締まった褐色の肉体に、フリーシアよりは小さいが年齢以上に発達した胸部。


 そしてメイド服のスカートと足先から太ももまでを覆うニーハイソックス。その褐色の肌が僅かに見える絶対領域に、男であれば自然と視線が引き寄せられてしまうだろう。


「……ユ、ユリフィス様はドレスよりもメイド服の方がお好きなのですか?」


「……え?」


 それはゲーム上でラスボスに君臨するユリフィスにも当てはまる事だった。

 ガン見していた彼の様子を見て、対面の席に座るフリーシアが眉根を八の字にして尋ねてきた。


(……見られていたのか)


 動揺を悟られないようにユリフィスはいつも通りの無表情で対応する。


「いや、そんな事はない。フリーシアもドレスよく似合ってる」


「そ、そんな取って付けたようにおっしゃらないで下さい」


 頬を膨らませて注意してくるフリーシアは可愛いだけで、ユリフィスとしては怖くはない。

 だが視線には気を付けようと心に決めた。


 ジト目を向けてくるフリーシアの注意を逸らす為に話題でも変えるか。

 そう考えてふと窓の外に視線を注ぎ、そして気付いた。


 帝都の大通りにある広場にいくつか並んだ露店に人だかりができている。物々しい雰囲気だ。


「アレは……」


「……どうかいたしましたか、ユリフィス様」


 集まったその人だかりの隙間から見えた一人の幼い子供の姿に、ユリフィスは馬車を止めるように御者をしているメイドに告げた。


「……フリーシアはここにいてくれ」


「……はい?」


 先ほどまで気を抜いていたユリフィスの態度は随分と固くなり、表情は真剣さを含んでいた。

 困惑と心配に揺れるフリーシアを安心させるために、ユリフィスは力強く頷く。


「大丈夫だ、すぐに戻ってくる」


「あ、ユ、ユリフィス様――」


 彼女の返事を聞かずに停車した馬車の扉を開けて外へ降りたユリフィスは困惑している騎士達に向かって、


「護衛はいらない。少しだけここで待っててくれ」


「……そうはいきますまい。病弱である貴方を一人で歩かせるわけには。そもそも説明を、皇子」


「……」


 だが、無視して進むユリフィスに、長であるガーランドはため息を吐きながら付き添った。


「……待って、ユリフィス。あたしも行く」


 同じく馬車の扉を開けてついてきたのはマリーベルである。

 彼女はメイド服のスカートをぎゅっと握って、ユリフィスに懇願した。


「あの子。貧民街で見た事あるの。何度か、話した事ある」


「……そうか、知り合いか。なら、これで尖った耳を隠せ」


「……あ、ありがと」


 ハーフが堂々と街中を歩くのは良い顔はされない。

 ユリフィスは自分が纏っていたマントを脱いでマリーベルに渡した。


 それで耳を隠すようにと。


 そして自らは紅の瞳を隠すように俯いたユリフィスはマリーベルの手を引いて近づいていく。


「……あ、手……」


「はぐれないようにだ。嫌でも我慢しろ」


「い、嫌とか、そうじゃなくて……」


 マントを被ったマリーベルが照れくさそうに視線を逸らす。

 人混みの中を進んでいく二人とその護衛の耳に、集まった人だかりから叫び声が聞こえてきた。


「――この汚らわしい魔物がッ!」


「平然と盗みを働くなんて。理性の欠片もないようね」


「貧民街をうろつく半魔のガキか……ほんとどうにかして欲しいぜ」


 ざわつく言葉の端々から感じられる嫌悪と悪態。

 帝都の民が囲っている中央には一人の子供がいた。


 いつ洗ったのか知れない白のチュニックワンピースには土や泥、その他の汚れが染みついて変色している。

 頭には小さな角が生えていた。

 煤で汚れた酷く青白い顔とは対照的に、瞳は血のように紅い。


 ユリフィスと同じ半魔だった。角の特徴と顔色から言って、恐らく親となった魔物はファンタジーの定番、ゴブリンだろう。


「黙れッ! 離せ、離せよッ!」


 歳の頃は十歳かそこらの少女は今、前世でいう警察組織に当たる黒の制服を着た帝都警備隊に捕らえられている。

 大の大人が数人がかりで取り押さえ、子供の頭を硬いアスファルトの上に打ち付けた。


 重い音が周囲に響く。額が割れたのか、血が流れ出した。


 広がっていくその血は近くに落ちていたパンや干し肉が詰め込まれた紙袋によって堰き止められる。


「……ぐあッ」


「よし、気を失ったな、薄汚い盗人が。連行するぞ。道を開けて」


 がくんと首が垂れ下がった半魔の子供を引きずって警備隊の面々が去っていく。

 野次馬として集まっていた観衆が口々に罵りながら散りはじめた。


 事の経緯は容易に想像できた。


「……盗みを……働いたから。しょうがないのかな」


「……」


 マリーベルの言葉に、ユリフィスは何も言わなかった。


「で、でも、あの子はそうやって生きるしかないんだよ。あの子はあたしと一緒だ。まともに親もいない、学もない。そんな子がさ、どうやって生きていけば良いの?」


「……」


「真っ当に生きたくても、周囲は受け入れてくれないこんな世界で」


 彼ら二人の背後で、しばらくしてから首を捻ったガーランドが呟いた。


「はて、警備隊の面々が歩いて行った先に、彼らの屯所はなかったように思うが……本当に連行したの――」


 それを聞いてユリフィスは無心になって走り出した。


 その速さに虚を突かれたガーランドは目を見開きながら静止するよう呼びかけた。だが、止まらない。

 そもそも病弱だと話に聞いていた人物の身体能力ではない。


「わ、儂より速いだと……?」


 混乱するガーランドの呟きを他所に、マリーベルは彼の姿を悲しげな表情で見送った。

 


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