第30話
地下水路で発見された子爵の死体によって、ハーズの街で起きた反乱は一応の終息を見せた。
下手人は発見されていないが、あらゆる武器で刺し貫かれたその傷痕は怨恨の念に寄るものを感じさせる。
自分たちの知らないところで子爵は色々と恨みを買っていたのだろうと街中で噂が出回った。
だが、その殺人の当人であるユリフィスとしてはヴァンフレイム家の血統魔法【統べる王】によって得た配下の固有魔法を試し射ちしただけでしかない。
それはともかく、平民たちが貴族へ反乱した今回の件は大事件となって帝国中を駆け回った。
とは言え、それは貴族の義務を怠っていたベリル子爵に対する非難が大多数である。
暫定的な領主と事件調査の為にやってきたのは、帝国魔法騎士団団長である第二皇子アーネスだ。
帝国貴族の失態に第二皇子自らが出向くという異例の措置だが、すっかり貴族嫌いになったハーズの街の住民たちも皇族の者が再発防止に努める旨を自ら発布した事で怒りを収めた。
(……民思いの兄だ。その優しさを少しでも腹違いの弟に向けてくれれば良かったんだがな。まあ無理か)
第二皇子は半魔に母親を殺されている。
その過去を思うと、きっと自分と交わる事はないのだろう。
ちなみにユリフィス一行は、第二皇子が来る前にハーズの街を発っていた。
子爵に囚われていた娘たちの方は今後やってくる帝国魔法騎士団に任せて、ユリフィス達はブラストと彼の恋人であるレイサを故郷の村に送り届けた。
赤髪の村長が娘を抱きしめ、泣いて喜ぶ様を見ながら目を細めていると、ユリフィスはブラストに話があると連れ出され、人知れず村の外れに足を運ぶ。
「……あの輪の中に入らなくて良いのか?」
「……」
その問いにもしばらく無言のままだったブラストは、妙に静かに切り出した。
「俺はこれから教会に狙われるだろう」
「……ジゼルを殺したからか?」
「そうだ」
既に教会の中で起こった一部始終については知っている。
上層部であろう老人と。
そしてジゼルが最期に語っていた妹。
原作主人公パーティの一員にして、復讐の鬼と化す【世界を正す者達】唯一の生き残り。
二人に目をつけられただろう事も含めて。
「ユリフィス。一度俺はお前らから離れるべきだと思う」
「……ふむ」
その言葉はある程度、予想していた事ではあった。
「お前や俺は良いが、あのお姫様やお前のメイド、ついでに護衛の騎士共もか。四六時中教会から付け狙われてたんじゃ休まる暇もねえだろうよ」
「ではどこへ行くというんだ」
「……俺は無法都市へ行く」
「……ほう」
ユリフィスは、これが運命かと天を仰ぎたくなった。
帝国では、特に魔物被害が多い地域を禁則地と呼んでいる。
帝国の東端にある黒い木々が広がる鬱蒼とした森。
ゲーム上では【冥界の森】と呼ばれる不気味な場所だ。
そこには上位の魔物が多く住んでおり、人が暮らすのは不可能とされていた。
しかし近年、騎士団の追跡を逃れる重罪人や教会から異端とされる邪教徒、更には居場所を求めて彷徨うハーフや半魔等が集まり一つの街を形成した。
騎士団や教会も危険すぎて手を出せない犯罪者たちの楽園。
無法都市ヴァーミリオン。
帝都に巣食う闇組織等も無法都市ヴァーミリオンから流れている末端組織でしかない。
ゲーム上で、ブラストは無法都市の王として原作主人公たちとぶつかる。まさに運命の地だ。
しかし今は二つの巨大な闇組織が街を分割して統治しているらしい。
明確な王はいない。
「……今は空席の玉座に座り、そこで俺は王になる。そうすれば、お前の夢に今以上に協力できる」
自由に使える手足が増えるのはユリフィスとしても嬉しい。
現実問題として、今のところユリフィスに協力してくれる帝国貴族はブランニウル公以外で言えば帝国魔法騎士団副団長であるゴドウィンの生家、エルバン伯爵家くらいなものだ。
それ以外の全貴族と更に神正教会、更にその総本山である教国と正面切って争うのは流石に自殺行為だ。
いくらユリフィスとブラストが特出して強くても、現状では数の暴力に適わない。
「確かにブラスト、お前の力なら実現可能だろう」
ただ一つ懸念があるとするなら、それはブラストが無法都市に行けば原作通りになってしまう点だ。
原作主人公に敗北する未来が嫌でも脳裏を過ぎる。
とはいえ、行く経緯ははっきり異なっている。
原作のブラストはレイサを失った怒りで暴れ、教会や貴族家から指名手配されて無法都市へ行き着いたのだろう。
この時点で、本来ユリフィスとブラストは出会っていなかった。
「浮かねえ顔だな」
「……お前は他に二人といない剛の者だ。だが、死なないわけじゃない」
教会の中で、首なしの英雄と共に相打ちになったのではと思われる惨状でブラストを発見した時は流石にユリフィスも驚いた。
幸いジゼルの愛剣だった【浄剣ハーミア】の効力のおかげで魔物の血が抑えられ、結果回復液が効いたから一命を取り留めたわけだが。
ちなみに当の本人にそれを伝えると、その浄剣の力で瀕死の重傷を負ったんだがと何とも言い難い表情になっていたのが印象的である。
「……無茶だけはするなよ」
「誰に物を言ってんだ、俺は魔法を得て更に強くなった。てめえと共有した魔力もある」
確かに、自由に鬼化できる時点で既に原作より強くなっているはずだ。
だったら、
「……彼女は連れて行くのか?」
「……レイサの事か? 連れて行くわけねえだろ。俺は教会から狙われてるんだぞ。これ以上、危険な目に合わせたくねえ」
人知れずこの村を出るつもりでいるのだろう。
それが彼の選択ならば、ユリフィスが言う事はない。
しかしレイサの命を助けたユリフィスとしては、彼女にもブラストにも後悔ある選択をしてほしくなかった。
大切な人がいるなら、自分の手で守り続ければ良いとユリフィスは思う。何よりその力があるのだ。
後でこっそりとレイサにブラストの行方を教えるくらいのお節介はしても良いはずだ。折角、ゲームとは違う現実となったこの世界で愛する者が生きているのだから。
「――では少なくとも二年後までに王になっておけ。それまでに俺は配下を集め終わり、そして行動を起こすつもりだ」
「分かった。だがお前の方こそ大丈夫か。俺に並ぶような奴が早々いるとも思えねえ。当てはあんのか?」
「あるさ」
ユリフィスは断言しながら小さく笑みを浮かべた。
彼が笑うところなど滅多にないので、ブラストは眼を見開く。
「次は彼女を迎えに行く。もう時期、教会から魔女認定されて公開処刑されそうになるだろうな」
数の暴力を覆す、恐るべき魔法を持つ可愛らしい魔女をユリフィスは次の配下として迎えに行くつもりである。




