第28話
かつてない死闘を終えて、ブラストは荒い息を吐きながら胡坐をかいた。
胸元から止めどなく流れる血を手で押さえ、顔をしかめる。
【再生】の技能はまだ発動しない。
恐らくまだ浄剣の効力が効いているのだ。
傍にあるもう二度と動かないジゼルの死体を恨めし気に眺める。
このままでは折角勝ったのに相打ちになりそうな勢いである。
とは言え、死力を尽くした甲斐があった。
彼を殺した直後、ブラストは己の身体に何かしら変化が起こった事を自覚していた。
「……もしかするとこいつは……」
朦朧とする意識を何とか繋ぎ止めながら呟くブラストの耳に、しわがれた声が届いた。
『こんな事が起こり得るのか……』
ブラストは祭壇の上にある水晶玉に視線を向ける。
『……まさか、まさかだ。興味本位で覗いていたら、よもやこんな結果に終わるとは……』
戦いになる直前、ジゼルが連絡を取っていた人物だろう。
つまり教会の者だ。
戦いの一部始終を視られていたとは思わなかったブラストは、苛立たし気に水晶玉を睨んだ。
『……何とも不甲斐ない男だ。あれだけ目をかけてやったのに恩を仇で返すとは……』
「……てめえは誰だ」
『黙れ大鬼の半魔。貴様の顔は覚えたぞ。すぐに次の【世界を正す者達】を派遣しよう。貴様ら半魔は世界の害悪。我々が地の果てまで追いかけて駆除してやるッ』
姿は見えなくても、色濃く憎悪が感じられる老人の声にブラストは笑みを浮かべた。
「……いくらでも来いよ教会」
もはや何を言っても無駄だ。
彼らが半魔を殺すというなら、自分達も教会を滅ぼすまで。
数多の英雄たちが籍を置く神正教。その総本山は隣国である教国だ。
つまり教会と戦うという事は国を相手にするという事。
だが存外、滅ぼす事は可能なように思えてくる。
ユリフィスとの魔力共有。
それだけでも自分は遥かに強くなった。
そして今、更に強くなる。
神正教の最強戦力【世界を正す者達】。彼らは偉業を達成し、神から固有魔法を得た英雄である。
そして、その英雄をブラストは討伐した。
英雄の討伐。
それは紛れもない偉業である。
(つまりこの感覚は……)
固有魔法が発現した事を意味する。しかしブラストは魔法なんて当然行使したことはない。
未知の力のはずだが、どういうわけか今は使い方が良く分かる。
「……試し射ちに丁度良い的だ」
固有魔法<灰魔鋼>。
その能力は鋼の生成である。
いうなれば、ベリル家の石創成という血統魔法の完全上位互換。
突き出した手のひらから、魔力によって鋼状の杭が生み出される。
『それは……まさか魔法だというのか……?』
水晶玉から驚愕の声が漏れる。
「……どうせ教会は滅ぼすんだ。そっちから来てくれるなら手間が省けるってもんだ」
ブラストの髪色と同じ灰色の巨大な弾丸が射出される。
凄まじい速さで飛んでいくが、狙いは寸分違わずに水晶玉に命中した。
木っ端微塵になった水晶の欠片が教会中に飛び散っていく。
もう耳障りな声は聞こえない。
「……どんな……使い方が……強え、かな……」
それを確認してから、ブラストは力尽きたように前のめりに倒れた。
新たに得た固有魔法。
その力の使い方を夢想しながら。




