第27話
むくりと起き上がったのはブラストの方だった。
「……はぁ、クソ……最後の最後で貰っちまった……」
あれほどユリフィスに注意しろと言われたのに。
浄剣ハーミア。
ジゼルの魔法だけではなく、彼が持つ武器の能力の詳細まで教えてもらったのに。
おかげで【鬼化】が解除されてしまった。
身体の赤銅色が人としての色に戻る。
身体の大きさも角の長さも、それに牙や爪までも。
「……ぐッ」
胸元から十字剣を引き抜き、傍に転がす。ほんの僅かに身体を反らした事が吉と出たのか。
幸い、意識は朦朧としつつもまだ動く余裕はあった。
ブラストは口元についた血を拭いながらジゼルを見つめた。
彼は僅かに息をしていた。
首が可笑しな方向に曲がっているところを見ると、既に勝負はついた。
結局のところ、懐に飛び込んでしまえば反応できない速度で攻撃を叩き込める。
勿論それすらも躱されてしまうのではという恐れはあった。だが、再度瞳を輝かせたジゼルを前に、ブラストは臆せず突っ込んだ。
それは戦いの勘というものだ。
今躊躇してはならない。
それは未来予知にも似た、類まれな戦いのセンスだった。
血反吐を何度も吐きながら、ふらつく足でブラストは十字剣を拾い上げた。
そのまま虫の息のジゼルへと歩を進める。
気配を悟ってか、彼が薄っすらと目を見開いた。
「……ああ、立つ、のか。立って、くるのか……」
「……」
「相打ちに、持ち込んだと……思ったのに……」
「……残念だったな、クソ野郎。てめえにはレイサを殴られた分がまだだ。簡単に死ねると思うなよ?」
ブラストの瞳に宿る憎しみを見て、ジゼルの瞳にもまた憎悪の感情が宿る。
「化け、物が……」
弱弱しい掠れた声が耳に届き、ブラストは歩を止めた。
「俺たちをそう呼ぶてめえは……これから創る世界に必要ねえ」
そう言ってブラストは床に落ちている十字剣を拾ってジゼルの首筋に当てた。
怒りを内に秘めた紅い瞳で見下ろす。
そんな彼を見て、いよいよ自分が死ぬ事を悟る。
ジゼルは唇を震わせながら告げた。
(未来を変えられなかったのは……初めてだ……)
だが、自分の意志は受け継がれる。己の死によって意味を成す。
そんな確信があった。
「お前は……きっとあの子に殺される」
「……?」
「僕の……妹、だ」
「……何言ってやがる。家族はいねえんだろ。魔物に皆殺しにされたって聞いてもいねえのに話してたじゃねえか」
(そうだ、殺された……)
ジゼルの脳裏に消えない光景が蘇る。
マンティコアという魔物がいた。
醜悪な老人の顔と巨体を誇る獅子の肉体に、尻尾が蠍のような毒針を持つ正真正銘の化け物である。
魔物にも性格があって、マンティコアは残虐非道で嗜虐心が非常に強いのが特徴である。
ジゼルは十歳の頃、目の前で逃げる母を爪で引き裂かれ、果敢に立ち向かった父を尻尾の毒針で貫かれた。
そして、辛うじて息をしている父と恐怖で動けないジゼルの前で、マンティコアは当時八歳だった彼の妹を頭から食べた。
その時の恥は今でも忘れられず、胸にしこりとなって残っている。
ジゼルは愛する家族の死に、ただただ恐ろしくなって逃げた。
仇を討とうと怒りに任せて立ち向かうでもなく、後ろを決して振り返らず逃げた。
村人はジゼルを残して皆殺しにされた。
のちに駆けつけた領主軍だが、既にマンティコアは全てを捕食し終わって逃げた後である。
ジゼルは子供ながら途方もない罵詈雑言を領主に浴びせた。
事が起きてから助けに来るのでは遅いのだと。
家族の死によってジゼルは気付いた。
自分から積極的に魔物を狩らなければならないという事実に。
半魔は魔物と変わらない。魔物の血を引く彼らは人の世界で生きてはならない。
ジゼルの中ではそれが真理である。
そんな今わの際の教会の騎士の様子を見て、ブラストは何か感じ入る事があったらしい。静かに口を開いた。
「……俺の親はな、大鬼という魔物を討伐しに行きながらも逆に捕まって、強制的に孕まされた女騎士らしい。彼女は生んだばかりの俺を当時同僚だったハリスに預けて、自殺した」
「……」
「……俺達半魔も、魔物の犠牲者だ。お前と同じでな。好き好んで魔物と子を作る奴がいると思うか? 望まれて生まれてきたと思うか? 少なくとも俺は違う」
「……」
「それが何で分からねえんだ。馬鹿が」
ブラストは散々魔物殺してきたのだろう十字剣でジゼルの首を斬り裂いた。
最期に何を思ったか、彼はかすかに目を見張った状態だった。
憎しみのあまり、背景を見ようとしなかった青年は、最初で最後の機会で半魔というものについて理解したのかもしれない。




