第26話
ジゼルが未来を視て、ブラストの戦い方を熟知しているように。
ブラストもまたジゼルの能力を知識として頭に入れていた。
忠誠の儀の後、【探究者の義眼】で見知ったその情報をユリフィスはブラストに渡していたのだ。
半魔の青年は目の前にいる教会の騎士を見据える。
整った容貌に紫紺の長髪、手には十字剣を持つ教会最高戦力のジゼル。
彼とは村で一度戦い、子爵の館で二度目の邂逅を果たし、そして今回。
三度目で本気の勝負である。
過去二回の時、ジゼルはブラストに対して固有魔法を使わなかった。だが今、彼の瞳は蒼く輝いている。
そしてそれはブラストも同じで、彼もまた奥の手を使っていなかった。
魔物としての力を呼び覚ます【鬼化】。
能力値が倍増する反面、ブラストは今までこの力を使うことを躊躇ってきた。
魔力が尽きた状態で【鬼化】を続けると、魔物の姿のまま戻れなくなる危険があるのだ。
とはいえ、もはや今はデメリットなどないに等しい。
無尽蔵かと思うほど膨大な魔力が、身体の底から湧いてくる。
ブラストは最高速度で駆けながら躊躇なく相手の急所に狙いを定めた。
引き絞った右拳で、教会の騎士の下顎を狙う。
だが、ブラストが今にも拳を振るうという直前にジゼルは首を捻って躱す動作をした。
「なるほどな」
攻撃を繰り出す前に避けられた。
とんだインチキ魔法だと戦慄する半面、口角が上がるブラスト。
全力での戦いなんて、人生で初めてかもしれない。
振るわれた拳は綺麗に空を切る。
致命的な隙を見つけ、教会の騎士も同様に笑みを浮かべて十字剣を振るった。
だが、ブラストはかがんでその剣を回避する。
身体能力はこちらが上だ。ジゼルの剣は速度が足りない。
その分を未来視で補っているわけだが。
しゃがんだついでにブラストは回転しながら右足で足払いをかける。
その蹴りを読んでいたジゼルは空中に飛んで回避する。そして上段に構えた十字剣をそのまま振り下ろした。
しかしブラストは伸びてきた剣先に触れないよう剣の腹の部分を器用に殴って軌道を反らす。
一心一体の攻防。
剣という障害を取り除き、空いたジゼルの胴にブラストは蹴りを放つが、教会の騎士は地上に着地したと同時にしゃがみ、紙一重で躱した。
ジゼルが十字剣を横に払う。このままだと両足を斬り飛ばされてしまうその軌道に、蹴りを繰り出した不格好な体勢ながらブラストは残っている片足で床を蹴り、バク転して回避する。
幾重もの攻防を乗り越え、だが互いに無傷。
ジゼルは憎々しげに睨み、ブラストは嘲るような笑みを浮かべた。
「……瞳が蒼から紫色に戻ったな。大分魔力が減ったか?」
ジゼルの変化を見逃さないブラストが指摘した。
「……」
「身体能力はこっちが上だ。てめえは未来が視えるんだろうが、捉えられない速さで動きゃいい」
対処法なんて簡単だとブラストは続ける。
「……俺はこのまま魔力切れを狙って適当に攻撃を続ければ勝つ。視えるぜ、俺にも。無様に命乞いするてめえの未来が」
「……魔力切れが狙いか。卑しい戦い方だ。正々堂々できないのか?」
「おい笑わせるなよ。レイサを人質に取ったてめえの口から出る言葉じゃねえぞ」
「……何を言っている。人類の敵を討つ事に卑怯もクソもないさ」
ごく自然に、真顔で告げたジゼルの表情にブラストは無言になった。
これはダメだと悟る。
分かり合えるはずがない。
殺すしかない。元々殺すつもりだったが、やはりコイツは今ここで殺さなければ。
「……もう言葉はいらねえな」
「それには同意しよう」
軽口を返しながらも、そこまでジゼルに余裕はなさそうだ。
額から汗が流れ落ち、それは首までするりと到達する。
再び両目を蒼く輝かせ始めるが、表情が引きつっていた。
魔力切れが迫っている。
「化け物風情がッ、調子に乗るなよ、僕は神に選ばれた英雄なんだ!」
剣閃が乱れ飛ぶ。それをかすりもせずに潜り抜けるブラスト。
集中力を乱した方が負ける。固有魔法が、鬼化が切れた方が負ける。
そんな攻防の中、ジゼルが先に底をついた。
唐突に瞳の色が戻る。
「しまった……!」
「終わりだなッ」
勝ちを確信してブラストは引き絞った拳を突き出した。
だが、
「――ブラフだよ、馬鹿だな」
再び蒼く光る瞳。
だが、ブラストは構わずそのまま拳を前に進める。
当然のように紙一重で躱された。
「これで仕舞い――」
それからジゼルはブラストの心臓に十字剣を突き立てた。剣が肉を貫き始めたのと同時に、ブラストの逆の拳が物凄い速さでジゼルの顔面を捉えた。
「がはッ」
「ごッ⁉」
血を盛大に吐いて片膝をつくブラストと、錐揉み上に吹き飛んで教会の壁に激突するジゼル。
崩れ落ちるジゼルと倒れこむブラスト。
教会の英雄と半魔の青年の勝負は、両者一歩も引かない相打ちに終わった。
かに思われたが。




