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第1話




 生まれてからずっと、心に浮かんだ疑問に蓋をしてきた。


 何故優れた才能を持つ自分が疎まれ、自分よりも劣る兄たちに皆が傅くのか。

 何故自分よりも脆弱な者達が、嫌悪と蔑みの目で見てくるのか。


 今までずっと、全ての感情に蓋をして生きてきた。


 自分は無害であると前面に出してようやく、十四年という歳月を生きながらえる事ができた。


 豪奢なキングサイズベッドの上で世界に名が轟く大国、ヴァンフレイム帝国の第三皇子として生を受けた少年、ユリフィス・ヴァンフレイムは窓に映った自分の容姿を眺めてため息を吐いた。


 右と左で綺麗に黒と白に分けられた特徴的な頭髪。

 少し痩せ細っているが、ミステリアスな魅力が漂う中性的な容姿。


 そして何より際立つ、血のように紅い瞳。

 その色をユリフィス自身は好きだった。


 だが、周囲の人間は嫌悪を抱くことはあれど好意を持つ事など決してなかった。


「――失礼します、第三皇子殿下」


 ワゴンを押しながらこの白天宮と呼ばれる宮殿に務めるメイド達のトップ、メイド長が入室してきた。

 ワゴン上には皿が乗っており、食事を運んできたのだと分かる。


「本日のお食事をお持ちしました」


 言葉は丁寧だが、食事を運んできた彼女の表情には隠すつもりもない嫌悪と蔑みの感情が滲んでいる。


「……」


 いつもの事なので、ユリフィスは気にしない。

 だがせめてもの反抗心から返事をせず、一瞥するにとどめた。


 メイドは気にした様子もなく、皿を並べていく。


 ベッドサイドテーブルに乗せられた皿には、病人に与えられるようなリゾットやスープ等が盛り付けられている。


 その冷めきった料理を一目見ただけで、常人の何倍も鋭い五感によってユリフィスは感じ取る事ができてしまう。


 ()()()()()()()と。


「……それと殿下。数時間前、皇帝陛下が病により死去なされました」


「……そうか」


 あっさりとした態度でメイドから告げられた言葉は、薄々覚悟していた事だった。

 

 同時に、ユリフィスは何となく自分が置かれた状況を把握した。


 それにしても、自分に優しくしてくれた数少ない一人だった父の死を他人から口頭で伝えられることに、思うところはある。


(死に目にすら立ち会えなかった……)


 れっきとした皇帝の息子であるユリフィスは、しかしとある理由で常に冷遇されてきた。


「――ついては殿下。次の皇帝である第一皇子殿下の為にも、ここは覚悟を決めていただきたく思います」


「……覚悟?」


「はい。()()()()()()()()あなたが、こうして生きてこれたのは亡き陛下が庇っていたから。本来なら貴方は存在することも許されない」


「……つまり死ぬ覚悟を決めろと?」


「その通りでございます」


 間髪入れずに頷いたメイドは、薄っすら冷えた笑みを浮かべて続けた。


「……ようやく、辛かった現実から解放されるのです。自分よりも生まれが劣る者に対して給仕しなくてはならない屈辱が貴方に分かりますか?」


「……俺にも皇族の血が入っている」


「ええ、半分は。ですがもう半分は汚らわしい魔物の血です。その紅い眼が何よりの証拠」


 この世界には、ゴブリンやオーク等といった化け物が生きている。彼らは皆知性を持ちながらも人の肉を好む傾向があり、人類と長年争ってきた。


 人間にとっての天敵である魔物たちは例外なく、血のように紅い眼を持っている。


 ユリフィスの父はヴァンフレイム帝国の皇帝であっても、母は魔物である。


 今までは皇帝のおかげで何とか生き延びる事ができていた。それでも食事に虫が入っていたり、腐りかけの食材が使われていたりと皇子とは思えない扱いを受けていたが。


 最低限の生活を約束されていた今までとは違い、庇護者を失った結果自死の強制を促されているわけだ。


「――半魔である貴方をこのまま権威ある皇室に置いておけば、醜聞の対象として周辺諸国から笑い者にされるでしょう」


「……だが、どうせ俺は近いうちに病で死ぬ。急ぐ必要があるのか?」


 人と魔物は違う種族。


 交じり合い、子を成してもその子は一般的に酷く短命なのだ。


 それは人類と認められているエルフ族やドワーフ、獣人族といった亜人族と人族との子にも当てはまる事である。


 まるでハーフという存在を世界が呪っているような状態。


 異種族婚は、物語では美しく幸せに描かれているが実際は禁忌とされている。

 だから帝国では厳しい処罰の対象だった。


「……殿下。そう言って貴方は十四年生きました。最高峰の薬師や治癒魔法使いに診てもらっているからというのもあります。が、貴方の母に当たる魔物の種族が判明していないため、予想以上に長く生きる可能性もある」


「……」


「……加えて万が一にも後継者争いなんていうものが発生しないよう貴方は今すぐ死ぬべきなのです」


「……なるほど、理解した」


 ユリフィスは氷のように冷たい無表情のまま、心の中でこの世の不条理に苛立ちを募らせた。


 他人に生と死を委ね、このまま意思なき人形のように死ぬ。そんな人生など無価値でしかない。

 

(人は身分に重きを置いている。だが、それ自体に何の力もないはずだ)


 目の前の女はわかっているのだろうか。


 ユリフィスがその気になれば、今すぐ彼女の息の根を止める事だって可能だということを。

 純粋な力による支配のほうが分かりやすくて良い。


 弱肉強食という自然界のルールに、人だけが組み込まれていないのは不自然だ。


 だが、その思想はどちらかといえば魔物寄りだということもユリフィスは理解している。

 たった一人では、流石に数の暴力で殺されるだけだ。


 だから表には出さず、ユリフィスは人としてただ静かに残された時間を過ごそうと決めていた。


「……二つ聞きたい事がある」


「何でしょう」


「……これは誰が決めたんだ?」


「……」


「それくらい教えろ。どうせ俺は死ぬんだ」


「……第二皇子殿下からの命令です」


「……一番上の兄は何と言っている?」


「第一皇子殿下への報告は後日になるかと」


「……そうか」


 皇太子である第一皇子は民からの評判が高く、心優しい性格で皆に慕われている、とだけ噂に聞いている。


 残念ながら、その噂が真実かどうかは分からない。

 ユリフィスは腹違いの兄弟たちの顔を一度も見たことがなかった。 


「次の質問をどうぞ、殿下」

 

 急かされたユリフィスは少し俯き、初めて人間らしい感情を垣間見せながら口を開いた。


「彼女は……どうなる?」


 言葉少ない問いだったが、メイド長は澱みなく答えた。


「婚約者殿に関しては心配に及びません。第一皇子殿下の第二妃として迎えられる予定ですので」


「……国に、帰されるわけじゃないのか……」


「属国の王女とは言え、皇帝陛下が直々に結んだ政略結婚ですから」


「……」


 ユリフィスは目を強く閉じた。


「容姿端麗で性格も良い第一皇子殿下と結ばれるのです。半魔である貴方よりもずっと良いお相手でしょう」


 メイド長の言葉に、確かにそうだとユリフィスは同意するほかなかった。


「……王女殿下も、それを聞いて大変喜んでおりました」


「……なら、いい」


 元々、婚約者など必要なかったのだ。


(そもそも半魔である俺が子を作ったら、また自分のような世界の被害者が誕生するだけだ)


 紅い瞳は遺伝する。


 肉体的には、ユリフィス自身もほぼ人間と変わらない。おそらくは子も人としての容姿を持って生まれるだろう。

 だが紅い眼を持つだけで、汚らわしい半魔の子と呼ばれ迫害の対象となってしまう。


 それが嫌なら、もう世界を変えるしかない。


 しかし、ユリフィスはもはやどうでもよかった。きっと世界を変えるのは、ほかの誰かがやってくれるはずだ。


 何十年、何百年、はたまた何千年先になるのか分からないが。


「――全てわかった。もう思い残すことはない」


 ユリフィスは匙を手に持ち、スープにつけた。


「強力な毒です。一瞬で意識は亡くなり、苦しまずに逝けるでしょう」


「……」


 こちらをじっと見つめるメイド長の様子を鬱陶しく思いながら、ユリフィスは思う。


 もはや皇族としての生活に未練などない。


 これで全てのしがらみから解放され、静かな場所に行ける。

 そう思うと気分は晴れやかだった。



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