7 ……最初にちゃんと言ってくださいませ!
年の頃は8歳ぐらいだろうか。何かに挑みかかるような強い視線が印象的な少年だった。
あと10年もすれば、さぞかし貴族の令嬢達に騒がれる青年へと成長するだろう。
その未来の姿を想像するなら獅子のようなと表現するのが相応しいに違いない。
ただし、今は子獅子ならぬ子猫というところ。
はっきりいって、とても可愛いらしい。
「あら、可愛い」
思わずぽつりと呟いたとたん、少年はローランを軽く睨みつけるとがっかりしたように大仰に息を吐いてみせた。
「オーランド。本当にコレがハーデン伯爵の婚約者だったのか? とてもではないが、ドレスを着れるような体つきではないではないか。なんというか、そうだな。シンプルすぎる」
さすがに少しカチンときた。
いくら騎士様の子弟だろうが礼儀というものがあるだろう。
が、ムキになって反論するのもそれはそれで癪な話だ。
「……オーランド様。お孫様をこのような場所にお連れになるのはいかがかと存じます。子供の教育に相応しい場所とはお世辞にも言えません」
「誰が子供だ。糸杉女。無礼だぞ」
「無礼なのは貴方ですよ、坊や。テオ様。お手数とは存じますが、こちらのお子様を塔の外へとお連れ下さいまし。うっかり探検ごっこなどで死霊や妖魔に付け狙われたりしたら大変です」
「坊やだと? 取り消せ、糸杉。俺が好き好んでこんな格好をしてると思ってるのか!?」
よほど坊やと言われたのが腹立たしいらしい。少年は真っ赤な髪を振り乱し、それに負けないほどに真っ赤な顔でローランにつかみかかる。
が、ローランはあっさりと少年を引っぺがすと逆に抱き込むように押さえ込んだ。
「放せ、糸杉!」
「誰が糸杉ですか! ほら、よく触ってごらんなさい!」
ぐいぐいぐいと胸を押しつけると、恥ずかしいのか少年が真っ赤な顔で逃れようと暴れまくる。
なかなか、おませさんな少年だ。ちょっと可愛いかもと思ってしまった。
「骨が当たって痛いだろうが! 木刀みたいな身体を押しつけるな!」
訂正。やっぱり可愛くない。
「ぼ、木刀ですって!? これでもそんなことが言えますか!?」
ギャアギャアと暴れる少年をむりやり胸に挟み込むように押さえ込み、なんとかしろとばかりにルドルフを見上げる。
しかし、そこにはローランが期待したような孫を躾けようとする祖父の顔の代わりに困惑したような騎士の顔があった。
「ローラン殿、そのだな。その方は儂の孫では無い。我が主なのだ」
「え、え? この坊やがですか?」
思わずぱっと力を緩めた隙にローランの胸元から逃げ出した少年は、顔を真っ赤にしたままローランを軽く睨みつけた。
「だから、坊やではないと言っているだろう。ルドルフ、この糸……女に教えてやれ。俺が言っても、信じてもらえそうにないからな」
「まあ、そのだな。この方は我が主にして、カルンブンクルス公国より推薦された帝冠継承候補のレオンハルト公子殿下であられる」
「て、帝冠の継承候補者?」
思いがけず飛びできてたとんでもない言葉にさすがに言葉を失った。
帝冠継承候補者と言えば、いかにローランがこの国の貴族事情に明るくないとは言え間違うはずもない。
ローランの祖国と違い、ヘプトアーキー帝国では皇帝は帝国を構成する七公国から選ばれる習わしだ。
これはひとえに帝国建国の際にかけられた呪いにより、皇帝の座にあるものは子孫を残せないためだ。
皇帝になる前に生まれた子であっても、ひとたび帝冠を授けられた瞬間に呪いが発動し、生まれていた子供は死に至る。
帝冠継承候補者に至っては、候補に名を連ねたとたんにより強力な呪いの餌食となる。
子を成せるようになるまでに帝冠を得ることが叶わなければ、自身が呪いに食い殺されるのだ。
「それでは、そのお姿はもしかして……?」
「そうだ。レオンハルト殿下は呪いから命を守るために成長を止めておられる。こう見えても、御年15歳だ。決して、幼子ではない」
言われみれば、確かに見た目はともかく言葉遣いは幼子のそれではない。
候補者は自ら帝冠を諦めて候補者から辞退するか帝冠を得るまで魔術でもって幼い姿へと回帰させ、さらに成長を止めることを強いられる。
身体への負担は大きく、帝冠を得る前に命を失う候補者もかつては存在したという。
「わかったら、俺を子供呼ばわりしたことを訂正しろ。それにあれだ。俺も言い過ぎた。い、糸杉とか木刀とか箒だとか言ったことは取り消してやるっ!」
顔を真っ赤に染めたままそっぽをむいて宣言するレオンハルトの表情で、ローランは彼を抱きすくめた際に衣服が乱れていたことに気がついた。
てっきりお子様だと思っていたから、まあ、アレである。
恥じらいというものを感じずに済んでいたわけだが。中身が15歳となれば、さすがに淑女としてどうよ思わざるを得ない。
「そ、そういう大切なことは最初から言っておくべきではありませんか!?」