6 大量受注の予感です
「ポケットの中には銀貨が1枚。ポケットを叩くと銀貨が2枚♪」
ふんふんと鼻歌交じりに銀貨をテーブルに積み上げていたローランはウヘラウヘラとアルマが見たら、お説教フルコースを始めかねない顔つきで弛みきっていた。
「そして、金貨が1枚! これはささやかな金貨かもしれないけれど、私にとっては大きな金貨!」
積み上がった銀貨の小山にちゃりんとテオから巻き上げた金貨を1枚載せる。
それだけで、なんとも言えない達成感と充実感を感じながらローランはもう一度、ハフウと幸せそうに息を吐いた。
「ああ、なんて綺麗。とくにこの銀貨の錆なんて、もうっもうっ!」
恋のまじない符作成の合間の至福の一時をジタバタと楽しんでいると、出し抜けにノックも無しに牢の扉が開け放たれた。
「ローラン様! た、た、大変ですよう!」
「アルマ? どうしたの、ノックもしないで」
「金貨です! 大金貨ですよう!」
「大金貨!?」
飛び込んできたアルマを見て、慌てて表情を取り繕ったローランは、大金貨の一言で血相を変えて跳ね起きた。
「ど、どういうこと? アルマ、大金貨って聞こえたのだけれど」
「テオ兄が謁見で硬直して騎士団が金貨なんです!」
「わ、わからないわアルマ。お願いだから、理解出来るように話してちょうだい」
二人して抱き合うようにわたわたとしていると、堅い足音と共に騎士団の鎧を纏った男が姿を見せた。
髪に白いものが混じっているが、年を感じさせない堂々たる体躯を窮屈そうに鎧に押し込んでいる。見るからに堅そうな顎髭の上には傷と皺に、どこか茶目っけを感じさせる目が埋もれていた。
「邪魔をするぞ。そなたがローランか?」
「さようでございますが、貴方様は?」
慌てて居住まいを正したローランは頭を切り替えて、社交モードの声と表情で老齢の騎士を出迎えた。
老騎士の背中に隠れるようにくっついているテオをみると、おそらくは塔を監視する騎士団の正騎士。それもかなり身分のある騎士だろうとあたりをつける。
「儂はカルンブンクルス公国赤獅子騎士団の団長を務める、ルドルフ・オーランド。この度はそこの見習いに過分な加護を賜ったと耳にしてな。その礼を兼ねて、押しかけてきたという次第だ」
「さようでございましたか」
軽く謝意を表したローランにルドルフは鷹揚にうなずきながら、さらに話を続けた。
「価格と品質次第では、我が騎士団全員に加護を賜れればと考えておる。ローラン殿、いかがかな?」
ようやくアルマが金貨金貨大金貨と騒いでいたわけがわかった。
ハーレールーヤーと脳裏でラッパが鳴り響き、頬が緩むのを隠すように頭を下げる。
「もちろん、お引き受けいたしますわ」
テオに施した付呪は鎧と短剣の2つ。それぞれ、お友達価格ということで半金貨を貰っている。
もちろん、騎士団全員ともなればお友達価格というわけにはいかないのはルドルフも理解しているだろう。
ただ、あまりぼったくっても逃げられる。あくまでもテオに提供した価格あっての申し出なのだから。
「ただ、テオ様の武具に施した付呪はあくまでも試用のためのもの。その分、お値段も割り引かせていただいております」
まずは軽く探りを入れてみる。
試用という言葉に「もっと性能は上げれますよ?」と匂わせて、返す刀で「その場合は値段も高くなりますから!」と訴える。
「半金貨と聞いているのだがな」
「あくまでも試用でございますから。お試しになられたご感想などいただければ幸いですわ」
もちろん、ローランもここで引くつもりはまったくない。テオには悪いが、あくまでもアレは撒き餌なのだ。食いついた以上、放すつもりはない。
「……女って怖えよな」
半金貨という見習いにはかなりお高い金額を払って、なおかつそれが試用品だと告げられたテオはぼそりと呟いた。
もっとも、騎士団に鎧も短剣も買い取って貰っているのでテオに損はない。むしろ、そこまで読んでいたのではなどと勘ぐってしまうほどだ。
「そういうこと言ってるから、テオ兄はモテないのよ」
「うっせえ」
ぼそぼそと小声でアルマとテオがやり合う間にも商談は白熱していた。
「試用と思えぬ出来だったがな」
「お恥ずかしい限りでございます。ですが、見習いには見習いの。正騎士には正騎士に相応しい格があるかと存じます。正騎士様の武具が見習いと同じでは、かえってご不興を買うのではないかと」
パチパチと火花が飛び交うなか、ふと小さな影が2人の間に割って入ってきた。
「待て。2人で勝手に話を進めるな」
「……あら? どうしてこんなところに?」
いつの間に牢に入ってきたのだろうか。
そこにいたのは深紅の髪が印象的な一人の少年だった。