エピローグ まだまだ半人前でございます。
慰霊祭が終わり帝都に詰めかけていた貴族達が自分の領地に戻ると、帝城を覆っていたお祭り騒ぎもすっかり落ち着いた。
あれ以来、新たにレオンハルトに挑戦してくる帝冠継承候補者は現れず、しばらくは平穏な日々が続いている。
そんな昼下がりにリーズデールの邸を訪れたローランは、リーズデールから手渡された収支決算書を見てワナワナと小さく震えていた。
「リ、リーズデール様? 計算が合わない気がするのですが?」
リーズデールとのコラボによる手数料。
アルマとクララがここぞばかりに稼ぎに稼いだ恋の呪い符。
そしてレオンハルトからもぎ取った、特性呪術具やその他諸々の製作手数料。
それらを合算すれば、クララとアルマへの手数料や諸経費をさっ引いても大金貨15枚程度は見込めるはずだったのだ。
だが、リーズデールから手渡された書類によると、半額以下の大金貨6枚に金貨18枚の利益しか残っていなかった。
「これ、計算間違いですわよね?」
「計算間違いなどしておりませんよ。ローラン、それが貴女の正当な収益です。クリスタ?」
涼しい顔でリーズデールはそう告げるリーズデールの合図で、クリスタが銀のトレイにピカピカの大金貨と金貨を乗せて、ローランの前に差し出した。
きっとこれはリーズデールの悪い冗談だろうと、何度数えてみても大金貨6枚と金貨18枚しかトレイには乗っていない。
「お、おかしいですわ! リーズデール様を、そのお疑いしているわけではないのですけれども、め、明細をいただきたく存じます!」
「それはもちろん、構いませんけど。クリスタ?」
「こちらに」
予め準備してあったのか、例によって魔法のようにさっとクリスタの手の中に革表紙のファイルが現れた。
ローランはクリスタからファイルを受け取ると、指で丹念に1つ1つの数字を追いかけていく。
「……羊皮紙代とインクに販売経費」
ブツブツと小声で追いかける数字に間違いは無い。
が、最後の最後に現れた項目にピタリとローランの指が静止した。
最終利益に係数をかける形でごっそりと収益が削られている。
「……ぜ、税? え?」
まったく予想もしていなかった語句に目を見開いたローランの手から、ファイルがカーペットにどさりとこぼれ落ちた。
当然と言えば当然だが、ヘプトアーキーに限らず国家の領内や貴族の領地で商いを行えば税がかかる。
小遣い稼ぎ程度ぐらいではお目こぼししてもらえることも少なくないが、さすがに大金貨や金貨が飛び交う額ともなれば話はもちろん別だ。
税率は皇帝直轄地で平均5割。
公国などの場合はそれぞれの領地によって異なるが、最終的な利益の4割から6割が相場だ。
「そうそう。これはあなたが公国の魔術師となった後の計算ですからね? 塔にいた時の売り上げは計算に入っていませんよ。そちらも忘れずにちゃんとしておきなさい。言っておきますが、中央の税務官は敵に回すと後が怖いですよ?」
「あ、あはははは。あの、これはあくまでも参考なのですが……どれぐらいになるんでしょうか?」
ローランがレオンハルトから稼いだ収入は確か大金貨17枚に金貨40枚と銀貨が45枚。
今回の収益を上回る金額だ。
「クリスタ?」
「ローラン様の場合はどこまで経費と認められるかが難しいところでございますね。基本、素材などは全て騎士団のものを流用しておりますし。大金貨単位の商いとなりますと、組合を通すか個別に許可が必要だったかと。当時のローラン様はフッガー家からは離れていて、完全にもぐりでございますので……罰金と合わせまして、大金貨10枚程度ではないかと。詳しい計算ではないので、多少前後することはあるかと思われますが」
ローランが落っことしたファイルを拾いながら、クリスタは少し考えてから予想される税額を口にした。
リーズデールへの借金が大金貨25枚。
前回の利益から予想税額をさっ引くと、大金貨7枚と金貨40枚と銀貨が45枚。
これに今回の利益となる大金貨6枚と金貨が18枚。
金貨50枚で大金貨1枚に相当するので、合わせると大金貨14枚に金貨8枚と銀貨45枚。
つまり、まだ大金貨11枚ほど不足する計算になる。
「クリスタ様。つかぬことをお伺いしますが、リーズデール様にお支払いした借金分は経費になったりは?」
「……ローラン様。さすがにそれは無理ではないかと」
たしかに義父の営むフッガー商会でも節税対策は重要な仕事だと聞いていた。
だが、実際に帳簿のやりくりまで任されたことは無かったのでまったく実感が伴っていなかった。
まさかこんな形で自分がその問題に直面しようとは。
ローランは膝から崩れ落ちそうになる衝撃を堪えながら、我関せずと1人で茶菓子をパクついていたレオンハルトに熱っぽい眼差しを向けた。
この損失は早急に補填する必要がある。
「殿下。呪術具のご用命はございませんか? なんでしたら、次の試練の準備をですね?」
見慣れた赤毛のお子様は、まったくもって年相応に無邪気な顔でクリームで口を汚しながら少し意地悪そうな顔でローランに笑い返してくる。
「今は必要ない。準備も何も、第2の試練の解放はしばらく先だ」
「殿下!? お願いですから、お仕事をくださいませ! そうですわ。いいアイデアがございます。魔術師団を強化いたしましょう。じゃんじゃん付呪を施した杖やローブで他の公国を圧倒しましょう!」
「たかが5人程度では手間賃も知れてるだろうが」
「あああぁ、そうでした! いえ。人員を増強しましょう。100人ぐらいドカッと!」
「出来るか!」
キャアキャアと騒ぐ2人をすこし離れたところで見守っていたアルマとクララが訳知り顔でうなずき合う。
「やっぱりアレですね。ローランって商売が――」
「クララ様。それは言わない約束なのですよう」
才能が無いとまでは言わないが、明らかに情熱に対して現実的な知識と経験が追いついていない。
やっぱり自分たちが支えないとですねえなどと笑い合っていると、リーズデールが艶然と2人に微笑みかける。
「あら、殊勝なこと。そうですね。貴女たち、しばらくクリスタから実務を学びなさい。ローランだけでは、正直不安ですからね」
「ま、巻き込まれました!?」
「諦めなさい。これも縁ですよ。クリスタ、少し仕事が増えますが」
心得ましたといつものように優雅さを崩さないクリスタと、えらいことになったと青ざめるクララとアルマにリーズデールは満足げにうなずいた。
「それにしても――この屋敷も賑やかになったこと」
近いうちに旦那様も仲間に入れてあげようと悪巧みを練りながら、リーズデールは傍らのクリスタにお茶のお代わりを所望した。やはり、楽しみは皆で分かち合った方が楽しいというものだ。
赤毛の帝冠継承候補者とその魔術師の名が歴史に現れる少し前、アキテーヌ侯爵家はそれなりに平穏な日々を享受していた。
(了)
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
とりあえず、婚約破棄からの騒動はここで一区切りとなります。
少しでもお楽しみいただけたら、これに勝る幸いはございません。
本当にありがとうございました!




