57 貴方という方は……!
まさかこんなに早く、という苦い思いがローランの中にわき上がる。
いずれはレオンハルトの証を狙ってくるだろうと覚悟はしていたが、それはレオンハルトが霊台に魔力を捧げた直後のことだと思い込んでいた。
試練を経て手に入れた霊台はその身に宿る皇帝たちが帝冠継承候補者を認めるまで、およそ十日周期で魔力を求める。
来るとすれば、その直後だろうと考えていた。
むろん、これはローランだけの意見では無い。クラウスやセバスティアンたちとも一致した見解だ。
だが、そんなことはお見通しとばかりにアマーリエ達は仕掛けてきた。
「アマーリエ殿下。繰り返し申しあげますが、この場は皇帝陛下主催の鎮魂の宴。いかに帝冠継承候補者とはいえ、不敬にございましょう。ここはお引きくださいませ」
油断なくベアトリスに杖を向けたまま、ローランとレオンハルトの前に出たクララがアマーリエに語りかける。
そんなクララを支えるようにカルパスが隣で同じように油断なく杖を構えた。
「ええまあ、そういうことです。どうせやり合うなら、みんな楽しんでる今じゃなくてもいいんじゃないですかね?」
口調は軽いが、目は笑っていない。何とかレオンハルトとローランを守ろうと彼もまた必死だった。
だが、アマーリエはそんな2人の常識論をあっさりと嗤い飛ばしてみせた。
「帝冠継承候補者が証を奪い合うは古からの決まり事。それに異を挟むことは陛下であろうとも出来はしません。何しろ、歴代の皇帝もそうして、試練の証を奪い合ってきたのですから」
その証拠にご覧なさい、とアマーリエは演技めいた動きで周囲を見渡すように大きく腕を振って見せた。
「陛下の魔術師はもちろん、その魔術師団も動きを見せていないではありませんか? 最初に証を得たからと少々、のぼせ上がっているようですね。帝国にとって大切なのは全ての証を集めた継承者。その証を護ることも出来ずに愚図めいた言い訳に終始する腰抜けではありませぬ」
ちりちりと嫌な予感が這い上がる中、ローランは密かに袖の中に忍ばせた呪術符をまさぐっていると、チラリとレオンハルトがローランに視線で問いかけてきた。
(ローラン。どうだ?)
本来ならばレオンハルトを蝕んでいるはずの呪いを気遣っているのだろう。
(大丈夫ですわ。いずれ、避けられないことでございます)
呪いを押さえ込めば、霊台の皇帝たちはレオンハルトを依代の主と認めるだろう。そうなってはもはや証を奪うことはかなわない。
戦うとすれば、呪いを抱えたままの状態でしかあり得ないのだ。
(分かった。が、無理はするな)
頷いたレオンハルトの瞳に決意の火が灯った。
「アマーリエ公女。あくまでもこの霊台をお望みか?」
「無論。試練などまだるっこしい。守り切れぬならば奪われるのが道理というもの。大人しく渡すなら、こちらも大人しく退くとしましょう」
「聞けぬ相談だな――クララ、カルパス。ご苦労だった。が、ここからは無用。下がるが良い」
「で、殿下!?」
思わずレオンハルトを振り返ったクララにローランも軽く頷いて見せる。
「ここからは帝冠継承候補者と筆頭魔術師の出番ということですわ。違いますか、アマーリエ殿下?」
「まあ、いいでしょう。妾としても魔術師団の数に頼ったとみられるのは愉快ではありませんしね。それに――」
とアマーリエはローランの提案を受け入れつつ、傍らのアウグストに意味ありげな視線を向けた。
「確かに。皆、下がるが良い」
アマーリエの傍らに立つアウグストが薄気味悪い笑みを張り付けたまま、臨戦態勢を取っているスファレウスの魔術師達に下がるように命令する。
「アウグスト様。しかし……」
なおも愚図るスファレウス公国の魔術達だったが、アウグストが胸元に手をやるのを見るや血相を変えて逃げ出すように距離をあけた。
アウグストを中心に鈍色の光が膨らんでいく。
その光が通り過ぎると、それまではぼんやりとしていた祖霊たちの姿が露わになる。のみならず、さらにその足下からは新たな死者の群れが次から次へと沸きだしていた。
遠巻きにして様子を伺っていた人々が悲鳴を上げて、我先へと中庭から逃げ出していく。そうするうちにも次から次へと死人たちは数を増していった。
「どうだ、ローラン? 死人を支配し操るのはお前だけではない」
アウグストの胸元でローランの母の墓を暴いて手に入れた呪術具が、不気味な光を発しながら鳴動している。
輪廻の輪に戻ることも出来ず、ただぼんやりとした眠りを貪ることで仮初めの安寧を得ていた死人達の呻き声が中庭を満たしている。
それだけではない。
祖霊たちの宿る武具が収められていた広間からも、死人たちが群れをなしてローランたちを取り囲みつつあった。
「惨い真似を……借り物の力を誇って、何が楽しいのですか?」
袖口から呪符を取り出しつつ、ローランはじっとアウグストを睨みつけた。
「今はな。だが、お前を手に入れれば、もはや借り物ではない」
「まだ、そんなことを言っているのですか? 私が貴方の元に戻るなど、ありえません――?」
トンっと軽い衝撃が走った。
続いてねっとりとした熱が沸き上がり、何かが自分の中へと潜り込んでくる感触に怖気を覚える。
見下ろせば、さきほどの老婆が縋り付くようにローランにピッタリと張り付いていた。
「お義姉さま。アウグスト様からの贈り物ですわ」
愉悦に歪んだ表情で老婆は確かにそう囁いたのだった。お義姉様と。




