5 帝冠継承候補者レオンハルト・ロートシルト
ヘプトとは古代の言葉で7を意味し、アーキーとは王国という意味を持つ。
かつて七王国と呼ばれた従属国は長い年月の間に公国へと姿を変えていたが、その重要性は1000余年の歳月を経ても薄れることはない。
その証拠に代々の皇帝は7つの公国から推薦された公子の中から選ばれる。
第88代皇帝の御代においても、7つの公国は未だ帝国の柱石であった。
(それにしても、殿下はお変わりになられた)
七公国の1つ、カルンブンクルス公国より選ばれし帝冠継承候補者レオンハルト・ロートシルトを前に、ルドルフは今さらのように考えていた。
ルドルフの記憶にあるレオンハルトは聡明でこそあるが、どちらかというと線の細い少年だったはずだ。
今もその姿形は変わることは無い。すでに15の誕生月は過ぎたはずだが、ルドルフの記憶の中にあるままの、10に満たない少年のままの姿だ。
だが、その瞳の奥と表情はルドルフの記憶に無い何かに挑みかかるような激しさが宿っていた。それはレオンハルト公子が数年前に喪った配下――否、友が原因らしい。
その時、ルドルフは中央を離れていたため詳しいことはわからない。
ただ、親友と言っても良い仲の中央の貴族が命を落としてから、その親友が乗り移ったかのように快活にかつ挑戦的になった。
「それで、その囚人のために俺に何をしろというのだ?」
「はっ。かの者を我が騎士団の監督下におき、その能力を活用させるために若干の行動の自由を与えていただければと」
殿上から聞こえる声も声変わりを経ていない子供のものだが、その言葉には軽んじることの出来ない威厳が備わっている。
「東方の呪術の使い手か。名はなんという?」
「ローラン・フッガー男爵令嬢。今はフッガー家から追放されております故、ただのローランでございますが」
「男爵家か。俺が動くほどでもないと思うが。卿で十分だろう」
あまり興味が乗らない声に慌てて、付け加える。
「男爵家のみならず、伯爵家も関わっておりますれば。臣のみならず騎士団の権威をもっても手に余りまする」
「伯爵家?」
レオンハルト公子の声の調子が変化した。無関心から関心へと。
この機を逃さじと、ルドルフはさらに言葉を重ねる。
「ローランはハーデン伯と婚約しており、その婚約者の呪殺未遂の嫌疑をかけられて断罪の塔に収監されてございます」
ハーデン伯という言葉にざわりと部屋の空気がざわめいた。
「ハーデン? ハーデンと言ったか? ルドルフ・オーランド!」
とても幼子とは思えない気迫に思わず、身体が強ばる。
ハーデンという言葉がレオンハルトの心に突風となって吹き込んだかのように、今の今まで燻った熾火のようだったレオンハルトの深紅の髪が輝きを放っているかのような錯覚を覚えた。
「ローランと言ったか、その娘。詳しく話を聞かせろ」
「承知いたしました。臣はローランとは面識がございませぬ故、そこに控える我が騎士団の団員より申し上げたく存じます」
「わかった。話せ」
一歩下がって控えていたテオに目配せして合図を送ると、ガチガチに緊張したテオが掠れた声でローランについて話し始める。
さすがに途中でフォローしなければな、などと思いながら話を聞いていると不意に同じように控えていたレオンハルトの護衛の1人がルドルフの脇を意味ありげに突っついてきた。
礼を失さないように様子を伺うと、面倒なことになったと言わんばかりの表情を浮かべている。
何か失言でもしただろうかと考える内に、ルドルフはハーデンという家名がレオンハルトが喪った友と同じ家名であることに遅まきながら気がついたのだった。